閃き、驚き、感心、感動をノートとペンでつかまえる -kakimoto arms 井之丸 泰子さんの習慣 前編-
あなたの努力を、神さまは見ている
私は25歳のころ、美容業界誌に掲載された作品がきっかけで、第1回目のJHAにノミネートされました。参加表明をしたら、「ロンドン審査員賞」と、『女性自身』『女性自身ヘアカタログ』の「読者賞」向けに、未発表の作品を1カ月以内に出す必要がありました。さらに当日の審査もあるので、限られた期間に3つも作品を創らなければならなかったんです。
思い出深いのは「ロンドン審査賞」に向けての制作。スタジオを借りて、モデルさんを集めて、撮影のプロであるカメラマンさんの意見を仰ぎながら進めました。でも、あがってきた写真を見ると、背景の手ぬいの布の質感が頭の中にあったイメージと微妙に違ったのです。背景の布のチョイスは、撮影のプロであるカメラマンさんの提案でした。
その写真を見て感じていた違和感を、正直にカメラマンさんに話して、撮り直しをお願いすることに。カメラマンさんも自分の提案が裏目に出たことを申し訳なく感じてくださっていたようで、快く再撮影を引き受けてくださいました。ただし、一度撮影に費用をかけていることもあり、新たにスタジオを借りるお金がなかったので、知り合いの会社のオフィスを借りて、机や椅子を片付けての撮影になりました。9月の台風の日でしたが、モデルさんも4名全員きてくださいました。本当に感謝しています。〆切まであと2日。奇跡が起こったと思いました。
授賞式当日審査では1日中モデルさんを拘束するので、20万近くお金がかかりました。手持ちではどうにもならなかったけれど、借金してでもやるしかないと思っていました。会場は赤坂プリンスホテル。数週間前に絨毯の色やライティングなどチェックして、思いつく限りのことは全部やりました。その結果、ロンドン審査賞の賞金をいただいたので、借金を背負わずに済んだのです。ホッとしました。
こんな風に当時の話をすると、私の作品創りにかける想いに驚かれる方がいます。タイトルだけを求めていたとしたら、そう感じてしまうのだと思うのです。私には、そのとき、そのときに最高のものを創りたいという想いがあるだけ。タイトルはその結果だったのです。
いつ自分の努力が認められるかは、誰にもわかりません。でも、目の前の結果だけを求めるのではなくて、いつも自分に負けないで最善を尽くせる人に、幸運の女神が微笑むのではないでしょうか。きっと空には大きな目があって、私たちを見ているのだと思います。
- プロフィール
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kakimoto arms
井之丸 泰子(いのまる やすこ)
kakimoto armsのヘアスタイリスト。JHAロンドン審査員賞(‘90)、JHAグランプリ(‘94,’97,’99)授賞殿堂入り。現在JHA審査員。岐阜県民栄誉賞をはじめ数々の賞に輝く。美容の枠組みにとらわれない、感度の高い女性クリエイターとして幅広く活躍中。
(取材・文/外山 武史 撮影/菊池 麻美)
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