「山登り」はやめて、「筏下り」をしよう。業界全体で社会に新しい価値を創造しよう。 株式会社ノートラック代表取締役社長 野嶋朗スペシャルインタビュー
「山登り」から、「筏下り」へ
その野嶋氏が美容業界の“教育”を見たときに感じることとは。
「美容師のキャリアというのはこれまで山登り型だったと思うんですね。つまり自分のめざすものに向かって登っていく。ただ、今は変化の時代。登ろうと思ってもいた山がなくなっちゃう」
山がなくなる。登るべき山が……。
「そう。だからこれからは筏下り型」
イカダクダリ……。
「川を下っていく。その間に自力をつける。目の前にあることを一生懸命やる。お客さまに向き合うとか、日々掃除するとか。そういう課題をひとつひとつこなしていくことを楽しむ」
いやいや、そんなことではダメなんです。美容師は山、登るんです、デビーしましょう。トップスタイリストになりましょう。次は店長ですよ、と。
「そうですよね。それを全否定はしません。人生には階段もあれば山もある。だけど山はひとつですか、と」
そうです。ひとつです。一本道です。
「そうやって登りつづけさせるから、登れなくなった人が辞めちゃうんです」
でもそれが美容師の王道です。
「じゃあ店がなくなったら? 店長は本当に山なんですか? そこをめざしていいこと、あるのかな、と」
えっ。
「山なんか、たくさんつくっちゃえばいいんです。しかもそこにはちゃんと川が流れていて、筏下りもできる。そういう多様性って、まだないですよね」
ない。というか考えもつかない。
「デビューまで五年かかるサロンがあってもいい。一年というところもあっていい。あるいはカッターだけじゃなくて、カラーリスト、スパ、レセプショニストだっていい。技術者としての才能がなくても、経営者として開花するかもしれない。そういう多様性をサロンが内包している。その中で筏下りをしていく。目の前の課題をこなしていく間に向き不向き、得意なこと、好きなこと、心地のいいこと、だんだんわかってくると思うんですよ」
つまり“山”はひとつじゃない。しかもそこには川が何本も流れている。
「いろんな筏に乗って下っていくうちに、チャンスが来る。その時、積極的につかまえにいくんです」
チャンスの花束を逃さずつかめ
チャンスをつかまえる。そう彼は言う。それはあらかじめ与えられるものではなく、自らの意志でつかめ、と。
「“計画された偶発性”と言うんです。変化の激しい時代には、チャンスを逃さない地力が必要なんです。そういう人じゃないと生き残れない」
逆に言えば山登り型のように、やりたいことを定め、頂上めざして努力する人は変化に対応できない、と。
「山はいつなくなるかわからない。それより目の前の課題をこなしていくことを楽しもう。そうやって基礎能力を鍛えて、偶然あらわれる仕事や、人との出会いを大切にしよう。チャンスの花束をちゃんとつかめるチカラを身につけよう、と。そういう教育が美容業界においてすごく大事になってくる」
野嶋氏の言う“変化”とは、どのような状態を指すのだろう。
「たとえば美容が健康長寿の産業になる。するとライフスタイルに関するカウンセリングが必要となる。日々の生活習慣、食生活、ファッション、福祉。いろんな周辺領域と接続していく可能性があると思うんです。そのときにチカラを発揮するのがコミュニケーション能力。今の美容学生っていわゆるミレニアム世代ですよね。彼らに共通する強みは多様性に対する理解と感受性。それに社会的課題を解決していくんだという意識や共感性がとても強い。であればそこに対する間口を持たないと、若者が入ってくる動機にならない」