砂原由弥さん。ヘアライター佐藤友美がみた”美容師列伝” 第19回「抱きとめる人」
慈愛で導く。家族として育てる
「海と砂原美容室」。そして「UMiTOS」。
「海」という単語は、多くの国で「女性名詞」として扱われている。
私が砂原さんから感じるのもやはり、大きな大きな女性らしさ。雄々しく、ときに安らぐ、海のような女性らしさだ。
砂原さんにスタッフ教育について話を聞いた時、彼女は「慈愛で育てる」と言った。
子どもを育てるように、家族に接するように、砂原さんはスタッフに接する。自分たちで田植えをする田んぼでとれたご飯を食べさせ、人として大切なことをしつけして、将来どんな人になりたいの? と尋ねる。叱る時は「こら、それはげんこつだぞ」と言う砂原さんの言葉を聞いて、この方は自分の子どもの母親になっただけではなくて、10人余りのスタッフさんたちの、全員の母親になったんだなあと思った。
スタッフ教育に対する哲学を聞くと、言葉のはしばしに、心理学の知見がのぞく。「いつ勉強したのですか?」と聞くと、「子どもが生まれたあと。1人産んだくらいでは時間が余って仕方なかったから」と言ってらした。おそらく、もともと内包しているエネルギー値が人とは違いすぎるんだろう。
今ではすっかり業界で有名になった「食育」も、理論が先に走ったわけではない。ちゃんと食べないと、体を壊すよ。仕事終わったらちゃんと食べようよ。そんな人として、親として当たり前の気持ちからスタートしたものだった。
砂原さんに会うたび、この人には敵わないなあと、思う。
どーんと大きくて、海みたいだなあと思う。
昔、何人もの子どもたちをたっぷりの愛情でおおらかに育てていた、私たちのおばあちゃんやらひいおばあちゃんやらの時代の「お母さん」のような人だなあと思う。
砂原さんが作るデザインは相変わらずストイックだ。触れると切れそうにエッジがきいているし、先端を走る攻撃性は昔以上に強くなった気がする。確信があって走っているのだろう。スタッフの皆さんが作るデザインも、振り切れている。ハサミに迷いはないし、美容師という職業にも迷いがないのが、その仕事を見ているとわかる。
だけどそれらもやはり、大きな海に包まれているから発揮される力なんだろうと感じる。嵐の日も、凪の日も。変わらずそこにある母なる海から、これからどんな人たちが育っていくのだろうか。
砂原さんがおばあちゃんになり、ひいおばあちゃんになり、いまいる家族が大家族になっていくまで、一緒に見届けられたらいいな。
-Profile-
砂原由弥さん
UMiTOS代表。都内有名店での勤務を経て、千葉県南房総市に美容室「海と砂原美容室」を、表参道にUMiTOSをオープン。専属の栄養士がスタッフに「まかないランチ」を提供したり、一流百貨店での接客研修を行うなど、食育やユニークな研修を取り入れ、業界内外から注目を集めている。ヘアメイクアップアーティストとしても、ファッション雑誌、美容業界誌、CM、ドラマ、PV、映画祭など多方面に活躍している。
文・佐藤友美
日本初、かつ唯一のヘアライター&エディター。MINXの故鈴木三枝子さんについて関係者191名に取材してまとめた最新著作『道を継ぐ』が、美容業界を超えて話題になった。また、『女の運命は髪で変わる』(サンマーク出版)は、NHK「あさイチ」でも特集され、7万部の大ヒットに。「美容業界と一般のお客さまの橋渡しになる」ことをミッションに、数々の企画を担当する。
- 1 2