「難しいけど、難しく考えすぎないで」。LGBTQ+当事者がNYで感じた多様性の自由と、日本の美容室の課題―美容師・細野まさみさん|美容室とセクシュアル・マイノリティvol.2
お客さまの個性によって色が決まる。みんなでコンセプトを作るサロン『VACANCY PROJECT』
当時の『ASSORT』はニューヨーク在住の日本人が主なお客さまという日系サロンでしたが、私は前の美容室で知り合ったモデルのアメリカ人たちを呼んで、客層を広げていきました。
そうした中で、だんだん自分なりのスタイルが築けてきた気がして、もっと自分のクリエイティブを発揮した仕事がしたいと考えるようになりました。小林に「将来は自分のお店をやりたい。ビジネスを一から身につけるのは大変そうだから、いつかの話だけど」と話したところ、なんと「じゃあ僕が経営をやるから、君が店長になって一緒にやろうよ」と提案してくれたんです。その2ヵ月後に、『VACANCY PROJECT』がオープンしました。
当時のコンセプトは「コンセプトがないサロン」。日系サロンとか、コンサバとか、そんなテーマは何もなくて、お客さまの個性によって色が決まるサロンとしてスタートしました。当時はドナルド・トランプが大統領に就任した直後で、LGBTQ+や女性に対してネガティブな発言が目立つ中、そうした偏見に抵抗する運動が盛り上がりをみせていました。その中で、私も『VACANCY PROJECT』をジェンダーニュートラルなサロンにしたいと思ったんです。
その思いをInstagramにポストしたところ、大きな反響がありました。『i-D』や『VOGUE』といったメディアからも取材がきたり、お客さまからも「自分が安全だと思える場所を作ってくれてありがとう」と言われるようになったり。『ASSORT』内でも反響があり、『ASSORT』はこのタイミングでメンズカット、ウィメンズカットと性別によって値段が違う料金体系を廃止したんです。今の『ASSORT』は美容師本人がLGBTQ+当事者じゃなくても、ジェンダーレスなお客さまをたくさん手がけています。その点でも、『VACANCY PROJECT』のオープンは意味のあることだったと思っています。
日本も状況はよくなってきていると思う。だけど、まだまだみんな悩んでいる
『VACANCY PROJECT』には、日本で働いている美容師もよく観光を兼ねてカットしにきてくれます。そこで「私もそうなんですけど、自分のお店でオープンにするのは難しくって」と、こっそりカミングアウトされることが多いんです。
美容師って金髪も、ピアスも、タトゥーもOKで、いろんなファッションができる仕事です。でも、例えばトランスジェンダーであることを隠そうとするとボーイッシュな格好がしにくいなど、やっぱり制限されます。自分らしい格好がしたいと思ってもそれができないのは、働きづらいですよね。
日本もパートナーシップ制度がはじまるなど、私がいたころよりもずっと状況はよくなってきていると思います。それでも、まだみんな職場では言えないし、悩んでいるんですよね。
美容室が変わっていけるかどうかは、美容業界だけではなく社会全体の問題なので簡単に答えは出せません。でも、LGBTQ+の人を平等に雇ったり、ネタにするスタッフがいたらオーナーがきちんと注意したり、できることはあると思います。
今、私がもし日本にいたら、すごくイケイケなゲイの有名人を連れてきて、かっこよくカットしてみたいかな。ただカミングアウトするだけだと「そうなんだ」で終わってしまうけど、「これは私にしかできない強みなんだよ」ということをポジティブに発信していきたいです。
例えば、レゲエが好きな美容師のもとにはレゲエ好きが集まって、その人にしかできない髪型がありますよね。モードな髪型をしている美容師にはモードなカットが好きな人が集まります。それと同じで、LGBTQ+やジェンダーニュートラルもスタイルとして受け入れられるようになるといいなと思うんです。