「鏡のない美容室」を目指して。世界一周をした美容師が描き出す、理想のサロンの形 ―「RAVENALA」宇高俊晃さん
憧れていた世界一周へ出発。自分の作った髪型が人を結ぶ出逢いのきっかけになっていた
出発前に決めたのは、3年くらいという大体の旅の期間と、大まかなルートのみ。自由に旅を進めたいと思っていました。世界一周の目的は、世界のいろんな景色を直接この目で見たり、その地の文化に触れたりすること。旅立つ前から「旅先でいろんな人の髪を切れたらいいな」と思い、ハサミを持って日本を出発しました。
現地の人やツアーで一緒になった旅仲間、日本にいたときからの友人など、性別国籍問わずさまざまな人の髪を切ってきました。サハラ砂漠の真ん中で切ったこともあれば、ウユニ塩湖やサグラダファミリアの前、夕日が沈みかける海辺、そして憧れだったエアーズロックにも訪れ、そこで髪を切るという貴重な経験もできました。
旅先では、自分が日本で勤めていたときに通ってくれていたお客さまをカットすることも多かったです。僕が担当していたお客さまの中には、留学などで日本を飛び出し、海外で生活をしている人もいました。そんな彼らに会いに行きたい、というのも実は旅の目的の一つだったんです。お客さまの髪を切り、近況を聞き、それぞれがそれぞれの地でがんばっている姿を見られることに喜びを感じました。
旅で髪を切る中で印象的だったのは、絵の修復の勉強のためにフィレンツェへ留学していた元お客さまの女性に会いに行ったときのこと。彼女が留学へ旅立つ前に「もしフィレンツェにくる機会があったらそのときは髪を切ってください」とお願いされていたんです。
彼女にはフランス人の彼氏がいたのですが、その彼から、僕が切った髪型をきっかけに2人は知り合ったのだと教えてもらいました。「僕たちは君のおかげで出会ったんだよ」と。彼がバーで偶然彼女を見かけたとき、彼女の髪型がとても素敵だったので印象に残ったのだそうです。自分の手がけたスタイルが、日本から遠く離れた異国の地で人と人とを結ぶ出会いのきっかけになっていたその奇跡に、この上ない幸せを感じました。
心の壁を取り払い、深い関係を築きたい。47ヵ国を回り気づいたこととは?
最初は頼まれれば全員を切っていたんですが、徐々に誰でもかれでも切りたいとは思わなくなっている自分に気付きました。髪を切る場所は基本的にどの国でも屋外の鏡のない場所。目の前に鏡がないという特殊な状況は、お互いにとってすごく勇気がいることです。
お客さまは鏡があれば「ここはこうしてほしい」と希望を伝えることができますが、鏡がないと希望が伝えにくいし、完成するまで自分がどんなヘアスタイルになるのかわからないので不安になるはず。美容師も、自分の判断だけでヘアを作っていかなければいけないプレッシャーがあります。
鏡のない場所でカットし続ける中で、鏡はいわば“心の壁”のようなものだと感じるようになりました。「どんな髪型になるんだろう」と不安を抱いて鏡を見ずにはいられないなら、そこには心の壁があるということだと思うんです。
僕は自分が今どんな状態なのかを鏡で確認できない状況ですら、大切な髪を任せたいと思ってもらえる人でありたいし、僕自身もその人の髪を心の底から切りたいと思った状態で切りたい。きちんと信頼を築いた上でのカットなら、鏡のない場所でも、その人が希望しているヘアスタイルを実現できると思うんです。また、一緒に信頼を深めた場所なら、絆がより深まるようにと思ったので、カットはその人と時間を共有した思い出の地で切るようにしていました。
一緒に話をする、お酒を飲む、ツアーを共にする。そんなふうに相手と時間を共有して、心の底からお互いを信じ合えた状態で、初めて鏡のない状況でのカットが成り立つんです。
誰かを切っている最中にそれを見ていた知らない人から「僕も切ってよ」と頼まれることもありましたが、そういうときには潔く断るようにしていました。「あなたのことを知った上で、そしてあなたにも僕のことを知ってもらった上で、それでも僕に切ってほしいと思ったらそのときはどこでも髪を切りますよ」と。
旅の中で髪を切ったのは150人ほど。2年8ヵ月で47ヵ国を回り、予定より半年ほど早く旅を終えました。帰国を前倒しにした理由は、この旅においてはもう自分のしたかったことを十分やり切ったと満足したから。自然と「日本へ帰りたい」と思いました。
>コンセプトはない。あえていうなら「美容室らしくない美容室」を目指した