クリエイションの源泉は、尊敬するデザイナーたちの言葉。THE SLICK・向田夏希さん―トレンドメーカーの「ブレイン解剖」
映画でも音楽でも雑誌でもなく、“言葉”からインスピレーションを得る
私は、映画や音楽、雑誌が好きという感じでもなくて。強いて言うならば、ファッションを入口に音楽を聴くことはあるのですが、それも「特定のアーティストやジャンルにハマる」というよりは、ヴィンテージのTシャツになっているバンドの音楽を「価値や意味を感じたいな」という感じで聞いてみて、気になったら深堀りしていくことが多いです。
そんな私が影響を受けているのは、ハイブランド広告のコピーやデザイナーの言葉。世界でトップレベルのブランドの広告や看板ってやっぱり尖っているし、洗練されていて刺激的なので、街で見かけた看板やポスターなどをたくさん写真に撮って集めています。コレクションのキャッチコピーを保存したり、休みの日にはデザイナーの言葉が載っている本を読んで、メモに残すこともありますね。
最近気に入っているのは、サンローランのコレクションの『パーティーガールはパンク・ロックの夢を見る』というキャッチコピーです。このフレーズを聞いただけで、たくさんのヘアスタイルが思い浮かんできますよね。一つのキャッチコピーがあれば、そこから発想を広げていろいろなスタイルを作れると思うんです。
作品作りをするときも、こういった言葉をテーマに置くようにしていますね。作品作りって、やっていくうちにどんどん方向性を見失っていろいろな要素がミックスされてしまうことがありますが、キャッチコピーがあることで最後までテーマがブレずに、自分らしい作品に仕上がると考えています。
好きなものの収集は言葉だけに限らず、海外旅行のときにも無意識でしていますね。リゾートや田舎町のようなのんびりしたところよりは賑やかな都市が好きで、特に、ロンドン、N.Y、ソウル(韓国)はそこにいる人のファッションやスタイルから刺激を受けます。買い物も好きで、現地でしか変えないヴィンテージ系のものはもちろん、日本でも買えるようなものを買ってしまうことも。気分でヘアやファッションを楽しみたいので、ホテルに戻ったタイミングで隙があれば衣装チェンジをして、1日に何回も着替えることもあるくらいです(笑)。
「自分らしい作品で評価されたい」好きなものを表現できるようになったからこその悩み
作りたいスタイルとできることのギャップに悩んだことはあまりありません。むしろ、自分が考えていることを形にできるようになった今だからこその悩みを抱えることが増えてきました。コンテストはそれが如実に表れる場です。
自分のイメージ通りのものが仕上がっても、コンテストではそれが評価されるとは限りませんよね。たくさんいる審査員の全員に刺さるものを作るって、至難のことだと思います。以前に一度、自分の作りたいものを曲げて、審査員受けを狙った作品を作ったこともあったんです。そのときの結果は2位だったのですが、「自分らしさを曲げてまで作ったもので負けるなら、最初から自分らしい作品を作るんだった」と後悔しました。それ以来、自分らしい作品作りをしようと決めたのですが、そうなるとやっぱり刺さらない層がいるのは確かなので…バランスが悩ましいですよね。
でも、難しいからと言って挑戦せずに「私はコンテストやらないです」というのは、選んでいるようで選べていないなと思うので。一度結果を残した上で、やるかやらないかを決められる美容師になりたいんです。それに、Instagramのフォロワー数やお客さまの満足度以外の、目に見える結果を残すことで認められる“大人の世界”があるのも事実ですからね。そこの説得力が欲しいなという気持ちもあります。
コンテストにしてもサロンワークにしても、取り組んでいることで最大限の結果を出すことが今の目標です。だから、今は将来の展望までは考えられなくて。今ある目標を達成したときに、次に私はどんなことをやりたくなるんだろう? と自分でも楽しみですね。
- プロフィール
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THE SLICK/店長
向田夏希
山形県出身。日本美容専門学校卒業。新卒で都内の有名デザインサロンに就職。アシスタントを経て、『iro.』のオープニングスタッフに参加。『THE SLICK』では店長を務める。ハイトーンカラーやデザインカラーで女性からの人気を集めている。
Instagram:@nacchimukaida
(文/須川奈津江 撮影/Yui Ogano)
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