アメリカと中国で30年美容業界を見続けてきたMr.山田に聞く本当に売れる美容師になる方法
ヘアメイクアップアーティストとしてどう自分を売るか(北京)
−そこから北京の会員制サロンでクリエィティブプロデューサーをされていますね。いきなり北京へ渡ったのはどうしてでしょうか?
ヘアメイクの実績もそうですが、英語が喋れてアメリカ在住の日本人美容師ということで白羽の矢が立ったのだと思います。北京では、中国の富裕層のTOP1000人までが対象で、30名限定の高級会員制美容サロンのクリエイティブプロデューサーとして活動しました。そこでは日本の既存の美容室とは全く異なるブランド戦略があり、まるで芸能人のように振る舞うことを求められました。厳選した仕事のオファーだけを受けるとか、カットの20分以外フロアにでてはいけないとか、普段から外に一歩でも出る時は、身だしなみを完璧にするなど、驚くことがたくさんありました。でもヘアメイクアップアーティストとして自分をどう見せるか、どう価値を上げるかという点ではとても勉強になったと思います。
―北京滞在中に、TGC上海や映画のヘアプロデュースをされていますね。
そうですね。中国では縁あってTGC in上海のヘア総合プロデュースや映画のヘアプロデュースにも携わりました。コンセプト、イメージをブランドや監督と共有して、何十ものヘアスタイルを決めます。現場ではそれを美容師さんたちに実際に作ってもらいます。シチュエーションや依頼に合わせたスタイルを作るのはただ好きにスタイルを作るのとはまた違う難しさと楽しさがありました。
―中国滞在中には北京大学のEMBAも取得されたそうですが、美容師さんとしては珍しい選択ですね。
美容師がEMBA? と驚かれることもありますが、ちゃんと理由があります。北京滞在中に中国の財界のトップや芸能人などをクライアントに持った時に、自分に足りないことが多いことに気づいたんです。世界情勢、経済、歴史、そこから見る現在の美容業界の状況や将来性、そういったことをはっきりと認識できていなかった。それを勉強するためにはお金と時間と労力を使う必要があると思い北京大学でEMBAの1年間のクラスをとりました。様々な人種の経営者と並んで新しいことを学ぶのは苦しさもありました。でもそこでの体験と視野の広がりが現在の経営や講師としての仕事の指針にもなっています。EMBAは一例ですが、美容師としてビジネスパーソンとして飛躍するには、時に自分の足りないことを認識して新たに学ぶことも必要なんです。
技術があっても売れない日本の美容師
―海外で多くの美容の経験をされてきた山田さんが今回日本の美容教育をはじめられた理由はなんでしょうか?
日本とアメリカの美容教育の違いはまず、美容学校です。アメリカでは美容学校で過ごす1600時間の間にコスメトロジー(アメリカの美容師ライセンス)の試験勉強の他に、美容学校に付属するサロンで、毎日お客さまの施術をするんです。だから美容学校を卒業すると同時にジュニアスタイリストになっている。日本のように美容学校を出て数年間アシスタントとして修業を積む、というのとはこの段階で違うんです。
でもね、これから少子化でどんどん子供の数も減ってきます。美容学校で2年勉強して、サロンで何年も修行を積んでデビューをして、そこから売れるにはまた長い時間がかかる。もしくは技術があっても売れない。そんな現状ではなり手が減ってしまう。だからなるべく早くデビューして、お客さまにちゃんと支持されて、売れる美容師にしてあげたい。そういう環境が日本の美容室にはまだ少ないんです。デビューすればいいのではなく“売れる美容師”にならないといけない。そういう想いで日本で美容の教育をはじめました。子供たちが、「カッコよくて稼げるから美容師になりたい!」 っていう未来にしたいじゃないですか。
―技術があっても売れないというのはどういうことでしょうか?
そこが日本の美容師の一番の問題です。技術はもちろん必要です。でも一番足りていないのはパーソナリティ、人間性、コミュニケーション能力です。アメリカではほとんどの美容師はサロンに所属しません。だから自分の力でお客さまに支持されなくてはいけない。アメリカで売れている美容師は初めてのお客さまでも、まるで十年来の友達のような心地よい関係を一瞬で作ります。技術が提供できるのは大前提。また会いたい、ずっとお願いしたい美容師になる。その部分を日本の美容教育はおろそかにしがちです。