ZACC 高橋和義『終わり』との格闘。【GENERATION】雑誌リクエストQJ2005年7月号より
日本の美容に感じない
厳しい世界である。
美容師としてお客さまの支持を得る。そこがプロへの第一歩。それで食べていける状態を何年もつづける。それだけでも厳しい世界。競争が激しい世界。それが美容界である。そのなかで青山に本拠を構え、雑誌への露出度=一般女性の支持率でトップを疾走しつづけることは、並大抵のことではない。
おそらく彼にかかるプレッシャーたるや、想像を絶する。
少なくとも100人のスタッフの人生を、彼は背負っている。さらに日本の出版界。そこでも彼は、数多くの編集者の人生を背負っている。
「わかんないことがいっぱいあるんですよね、きっと」
彼はつぶやいた。
「そのポジションにならないとわかんないことって、いっぱいありますよ」
わかんないこと‥‥。
「スタッフでもわかってもらえないこと、いっぱいありますよね。たとえばスタイリストでぐんぐん伸びてるコはやっぱりすごいがんばってるんですよ。無駄な努力を惜しまずやってる。だけどそうなりたいけれど、そこまで努力できないコっていっぱいいるんですよ」「そうすると、そこにテンションの違いみたいなのが生まれてきますよね。自分で前に進もうって思ってるテンションと、そこにはスピード的についていけないって。それは結局、同じスピードで走らないとわからない。自分が悩んでることとかも、わからない」
悩んでること‥‥。
「ホントはこの4月に、上海にお店を出すつもりだったんですよ。現地に行くスタッフも決まっていて、彼はもう日本には帰ってこない、と。そのくらいの覚悟だった」
「でも、反日デモとかの問題が起きて、もう一度考えたんです。摩擦があるところで仕事をするよりは、国内にみんなと一緒にもうワンランク上のZACCをつくってグループ化しよう、と。今のZACCよりも、もう一段内容の濃いZACCをつくりたい。もうだれも追いつけないだろうというものをもうひとつつくったら、全国から夢を持って集まってきたスタッフたちに、また全国に持ち帰ってもらえるようなブランドをつくろうよ、と」
しかしなぜ、上海に。
「いや‥‥なんか‥‥やっぱり‥‥‥青山に魅力を感じなくなりかけてたんですよ」
「青山に魅力を感じないっていうのは、日本の美容に感じない、ということだと思うんですけど。だから、“日本発世界”っていうのをZACCがやりたいねってことで始めたスタンスなんですよ」
日本の美容に、感じない‥‥。
「本当は人並み以上に努力したから、そこに価値が生まれるんです。その価値に共感するお客さまが足を運んでくれて、それが口コミで広がって、その噂からメディアの取材が来る。そういう流れが正常だったと思うんですよ」
まさにブランド構築。
「そう。ブランドというのは、あるこだわりから始まって、人々の支持を得ながら年月を重ねて構築されていくわけです。だけど、いまの日本のブランドづくりというのは、最初からこういう付加価値をつけて、こういうPRをしましょう、と。本来のこだわりが、トレンドのひとつとしてだれもが主張できる記事広告になったり」
「お客さまにしてみると、ピラミッドの頂上に行く前に、がっかりして落ちていく。頂上でなくても、これが頂上ですよと膨らませる。それと一緒に並べられることへの嫌悪」
つまりこういうことだろうか。コンセプトだったり、プロモーションだったり、マーケティングだったり、いわゆる“広告屋の商法”が、本物を見えにくくしている情況。そこに対するアンチテーゼ。それが上海だった、と。
「そう。だけど原点に戻って、やっぱりだれも追いつけないサロンづくりを目標にしましょう、って」
‥‥。
「この仕事は前を向いてないと嫌になるんですよね。たぶん、みんなそうだと思うんですけど。この仕事はこうなりたいっていう情熱がなくなって、後ろを振り返ると嫌になるんですよね。うまくなりたいって気持ちがなくなったら、働きたくなくなっちゃう。だからやっぱりうまくなりたい」
「最初のうちはお客さんやっても、うまく切れないんですよ。で、次に来た時にもうちょっとうまく切りたいなって思う。で、最初よりはいいとは思うんだけど、まだまだ、だれだれに切ってもらった方がいいだろうなって。それが悔しいから、うまくなりたいって。それだと思うんですよね。その気持ちが強ければ強いほど、お客さんはついてくるんですよ」
強烈なメッセージだった。トップランナーの、肉声だった。
つらさも、くやしさも、落胆も、すべてを呑み込んでエネルギーに変える。
40代半ばとなり、いつ若者たちに追いつかれるか。そんなプレッシャーと闘いながら、トップを走りつづける。
つまりそれは自分の限界との格闘。
そう、高橋和義は格闘していた。
だれも追いつけないサロンをめざして‥‥
表参道の『ZACC』では今日も終電まで明かりが灯る。
翌朝には、8時になると若いスタッフが集まってくる。
そして彼らがいつものように練習していると、いつの間にかおいしいご飯の炊ける匂いが、漂ってくるのである。