「28歳になったら一緒に独立しよう」同級生との約束を叶えられたわけ -navile表参道 大河光太朗さん around30 crossroads-
1年生の4月から原宿や表参道の有名店を巡り始めた
高校卒業後はベルエポック美容専門学校に入学したのですが、本当は国際文化理容美容専門学校が第一志望でした。ちょうど僕が国際文化に見学にいけるタイミングで休校だったんです。なので近くにあるベルエポックに行き、対応してくださった先生に「原宿や表参道の有名店を目指しています」と伝えると「希望通りに就職させてあげるよ」って言ってくれたんです。その一言で入学を決めました。
学生時代は特に目立つこともなく、成績もそこそこといった感じ。学校が終わればすぐに帰るし、自主練をするタイプでもなかったですね。でも「有名になりたい」という気持ちは本物だったので、就職活動だけはモチベーションが高かったんです。1年生の4月から20件くらいはカラーやカットをしに行っていましたし、会社説明会も20社くらいまわりました。とにかく場所は、原宿、表参道、青山で、雑誌に出るチャンスがあるサロンに入りたいと考えていたものの、何がやりたいのかはまだ固まっていなかったんです。
結果としてapishに入ったのは、雑誌に載るチャンスもありますし、美容全般の技術を吸収しながら成長できそうだと感じたから。ただ1年目はあまり練習せず、終わったらすぐに飲みに行くような生活をしていたので全然根元のリタッチの試験に受からず…。みんな3カ月くらいで合格するのに自分だけ8カ月くらいかかったんです。「美容師、向いていないかもな」と思っていた時期もありました。
アシスタント期間は5年…でもこれ以上ない贅沢な5年間だった
転機になったのは店鋪異動。新しい環境で必要とされている感じが嬉しかったんですよね。モデルハントは割と得意だったので、自分がハントしたモデルさんで撮影するときは同行させてもらい、現場で見て学ぶことができました。その後、何度か異動し、代表をはじめとして主力のスタイリストのメインアシスタントを経験。そこで、お客さまとのいい感じの距離感のつくりかたなどのサロンワークに関わることから、人としてどうあるべきかという人生に関わることまで学ばせてもらいました。
アシスタント期間は約5年。その5年があったおかげで、業界を代表するような人たちの仕事を間近で見て学ぶことができました。その経験があったからデビュー後はすぐに撮影のチャンスをもらうことができましたし、スタイリストとして理想的なスタートを切ることができたのだと思います。
ただ、僕はもともと28歳で独立する計画で動いていて他ので、正直に伝えました。
そこから独立までの1年は、辞めることが決まっている状態でもできるサロンへの貢献の仕方を考えて行動しました。また、自分たちのサロンのオープンに向けての準備に時間を費やしています。28歳で独立するのは専門学校時代からの目標だったんです。同級生たちと一緒にサロンを作ろうと話していました。夢物語で終わらせたくはないので28歳という区切りをつくっていたんですよ。