圧倒的な量が質を生む! アシスタント時代に日本武道館に立った“MINX期待の星“ -MINX 後藤 晃成さんU29次世代美容師-

 

次世代美容師として注目される「U29美容師」のサクセスストーリーから、成長のヒントを「美容師のタマゴ」へお届けする企画「U29次世代美容師」。第31回目は、人気美容室MINXの若手注目株、後藤 晃成(ゴトウコウセイ)さん。

 

アシスタント時代に「ナプラドリームプラス」で入賞した実力の持ち主です。全国から優秀な人財が集まるサロンで、なぜ後藤さんが輝きを放つことができるのか、その理由を聞きました。

 


 

高校野球の強豪校を卒業後、社会人野球の道に進むつもりだった

 

 

実家が美容室なので、子どものころから美容は身近な存在でした。身近すぎるからこそ、あまり興味を持つことができず、高校3年生の夏まで美容師という選択肢は全く頭になかったんですよ。甲子園出場歴のある強豪校で野球をしていて、社会人野球のチームからお誘いもあったので、高校卒業後も野球を続けるつもりでした。

 

ちなみに、高校時代は死にそうになるくらいキツイ練習をこなし、糖分をさけるなど食生活まで徹底的に管理されていました。好きなものも満足に食べられない、地獄のような日々だったので、お金を積まれてもあのころには戻りたくないです(笑)。

 

野球漬けの生活を送っていた僕が美容専門学校に進学することになったきっかけは、友人からの誘い。名古屋で遊ぶついでくらいの気持ちで、美容専門学校のオープンキャンパスに参加しました。そこで、シザーで半パネル切るとか、アイロンを使って先輩の髪をつくるとか、簡単な体験をさせてもらったのですが、いつも親の仕事ぶりを見ていたからなのか、要領よく手を動かすことができたんです。その場にいる人たちにも驚かれ、「僕が求めているのはコレかもしれない…!」と電撃が走ったんですよね。

 

朝から晩まで練習ざんまい! 夏休みも毎日学校へ

 

 

オープンキャンパス以降、美容師になりたいという気持ちが膨らんでいたものの、社会人野球の話もありましたし、早く自分で生計を立てられるようになりたいという気持ちが強かったので、「美容学校に通いたい」と言い出せませんでした。

 

そんなある日、鞄の中に入れたままになっていた美容学校のパンフレットが母に見つかりました。僕は興味がないフリをして、「行くわけないでしょ」と答えたんです。そうしたら、母が「子どもの挑戦を応援するのが私の夢。やりたいことをやりなさい!」と背中を押してくれたんです。社会人野球に進めば大手企業で働き、安定した生活が望めるのに、子どものやりたいことを応援する親心に感動しました。

 

こうして僕は、名古屋理容美容専門学校に進学することができました。名古屋理容美容専門学校を選んだ決め手は、学費が安く、土日に提携している美容室でアルバイトできること。アルバイト代は学費に充てていました。入学後は、「とにかくやらなきゃ」という謎の強迫観念にとりつかれて、仲間と一緒に朝から晩まで練習ざんまい。夏休みも毎日学校に行っていました。

 

先生から「お前らまだ18歳だろ? 遊べ!」と言われたことがありましたが、「行くことないですから」と答えて、ご飯を食べる時間以外はずっと練習していましたね。おかげで成績はいつも上位。みんなが見えるところに成績が貼り出されるのですが、そこに自分たちの名前が出ていることがモチベーションでした。

 

モデルハントでの奮闘が評価され、スタープレイヤーのアシスタントに

 

 

MINXを受けたきっかけは、業界誌で代表取締役社長の岡村の作品と、自伝的なインタビュー記事を見て、心底憧れたからです。実際に東京の店舗にいき、取締役の中野にカットをお願いして、カットの巧さと、完成したカッコいいスタイルに感動しました。また、MINX出身者にはCANAANの長崎さんやTierraの三笠さんなど、独立後にさらに輝いている人も多いので、MINXには得られるものが多いと考えたんです。

 

入社1年目はとにかく、仕事を覚えてやり遂げることに一生懸命でした。必死すぎて記憶がないくらい。1年目の終わりからモデル係になって、撮影用のモデルさんを集めていたのですが、これがまあ大変でした。

 

大変だったのは、僕自身が高いレベルの仕事がしたかったからでもあります。例えば、先輩に撮影が入ったときに、モデルさん5人くらいの写真をズラッと並べて、「どのモデルさんがいいですか!?」と聞くくらいのテンションでやっていました。

 

モデルハントの時間が長く、フロアにいないことも多かったので、僕に対して「あいつ、なんでいつもいないの?」と思っていたスタッフもいたようです。僕は休みの日もモデルハントやモデルさんの手配をしていたので、大変さを理解してもらえないのは辛かったですね。

 

でも、中野がそのことを分かってくれて、「俺らが見てやる」とチームメンバーとして迎えてくれたんです。仕事に厳しい人たちなので、しこたま叱られましたけれど、スターたちの仕事ぶりを間近で見て学ぶことができました。

 

>周囲の見る目が変わったきっかけ

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