合格点狙いのハンパな美容師を辞めて、やりたいことだけやると決めた -MR.BROTHERS CUT CLUB代表、西森友弥の美容人生【前編】

職人がウケ狙いの仕事をしたらお終いだろって思っていた

 

 

昔から、行動力には自信があります。10代、20代は3日遊んで、1日寝るとか、そういうペースで生きてきたんですよ。高校卒業して上京してからも、毎日クラブに行って、1週間ずっと家に帰らないこともありました。どんどん自分から声をかけて、つながりを広げていきました。

 

アメリカンなカルチャーが好きな仲間とは、今もつながっています。アパレルの仕事をしている人とか、メディア関係の人とかがいるんですが、一緒に仕事をすることもありますね。

 

 

専門学校卒業後は、メンズのカリスマと呼ばれた美容師がいる原宿の美容室で働いていました。でも、メインのお客さまは女性だったんですよね。僕も女性の髪を切っていたわけですが、いつも満たされない気持ちでした。売上も結構ありましたし、社長からも「もっと上を狙えるよ」って言ってもらいましたけれど、「やりたいのはこれじゃねぇんだよな」って思っていたんですよね。

 

それに、美容業界のクーポンで新規をとって安売りする流れも、ダサいなって思っていて。いろいろ納得いかないことが多かったので、サロンを辞める前の1年間くらいは、よく上の人たちと喧嘩していましたね。

 

 

僕はメンズで一番を極めたいと思っていましたが、どのサロンも何でも屋みたいなやり方で、みんな似たようなスタイルを出していた時代だったんですよ。尖りきっているサロンはほとんどなかった。なんでもできるけど全部合格ギリギリの65点みたいな、ハンパな仕事はしたくなかったんですよ。「職人がそれをやったらおしまいだろ」って思っていました。

 

それで、お世話になったサロンに恩返しをした後に美容師を辞めて、やりたいことだけやると決めたんです。

 

>本物のバーバースタイルを目の当たりにして、電撃が走った

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