全国でも珍しい存在! 日本髪にちょんまげも! 地毛とかつらを手がける結髪師―髪結い処 澤田 澤田聖子さん

癖直しだけで6年間! 時間のほとんどを練習にあてた修行時代

 

 

弟子入り後すぐは、日本髪に使う「髢(かもじ)」や毛束の手入れをしていました。道具類の手入れをすることからはじめ、だんだんコテで癖直しをさせてもらえるようになるのですが、基本的にはこの癖直しを6年間ずっとやっていました。

 

実は、舞妓さんの髪を手掛けられるのは、先生がどうしても仕事にこられないときだけなので、弟子が舞妓さんの髪を結うことはほとんどないんです。

 

覚え方もカリキュラムや教科書はなく「目で盗め」という昔ながらのスタンス。基本的に朝の6時から12時ぐらいまで仕事をし、その後は自由時間なのですが、私は練習ばかりしていましたね。「櫛(くし)」を先生に渡す順番を完璧に記憶してイメージトレーニングしたり、お昼に仕事が終わったあとはウィッグを使って夜まで練習したり。

 

厳しい先生ではなかったので叱られることはありませんでしたが、褒めていただくこともあまりなかったです。修行をはじめて1年後くらいにはじめて、「ああ、これなら形としては日本髪になっているね」と褒めていただいた気がします。

 

さらに修行を9年間!? 一人前になるまでにかかった期間とは?

 

 

髪結い処での修行後は、「文献にあるような歴代ごとのいろんな日本髪を作れるようになりたい」という思いから、撮影所を手がける「かつら屋」に9年間就職しました。京都の髪結い処で結うのは舞妓さんの髪のみ。しかも京風のフォルムの日本髪だけなので、何百種類もある日本髪のうち、10種類ぐらいしかやらないんです。

 

かつら屋は、時代劇の舞台やドラマ、映画の現場で、役者さんにかつらをセットする職人が在籍する会社です。会社とはいえ、そこも髪結い処と同じように師匠の姿を見て技術を盗めという教育方針。師匠が仕事で使う道具の手入れや舞台などで使うかつらの管理、片付けなど、また一からのスタートでした。

 

私の場合、髪結い処で勉強していたこともあり、他の社員の方よりも早くかつらを結わせてもらえたんですが、それでも2年かかりました。仕事を一任してもらえたのは入社から7〜8年後。3年間雑用だけをし、癖直しもさせてもらえなかった先輩もいたほど厳しい世界でした。

 

>和文化を支える仕事の意義。忙しくてもつらくなかった理由とは?

 

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