Y.S.PARK パーク ヤン・スー 震源と、そのマグニチュード。【GENERATION】雑誌リクエストQJ1999年1月号より
雑誌「リクエストQJ」創刊以来の看板企画「GENERATION(ジェネレーション)」。
昭和〜平成〜令和と激動の美容業界において、その一時代を築いてきた美容師さんを深堀りしたロングインタビューです。
300回以上続いた連載の中から、時を経た今もなお、美容師さんにぜひ読んでいただきたいストーリーをピックアップしていきます。
今回は1999年1月号から、Y.S.PARK代表のパーク ヤン・スーさん。日本のみならず、世界の美容師から愛される美容ブランドY.S.PARKの生みの親です。日本で美容師としてキャリアをスタートさせ、ブランド発足に至るまでの珠玉のエピソード。パークさんの唯一無二の美容哲学と共に、ぜひご一読ください。
ライター/岡 高志
“台風の目”、という言葉がある。
意味はふたつ。
ひとつは文字通り、台風の中心部。
台風は勢力が強ければ強いほど、その中心にくっきりとした“目”をつくる。
その中は風も穏やかで、青空さえ見えるという。
だが、その“目”が通り過ぎると再び猛烈な風と雨が戻ってくる 、と。
もうひとつの意味は、人や物に当てはめられる。
事件や事態を引き起こす原因となっている人や物を、
私たちは“台風の目”と呼ぶのだ。
一方、地震には震源がある。
そして地震のエネルギー規模は、“マグニチュード”という単位で表現される。
台風は一過性の気象現象である。
地震もまた、ほぼ一瞬のエネルギー放出である。
しかし地震は、その規模が大きければ大きいほど
“被害”を世界へと拡げていく。
なぜなら海洋国の地震は時に津波を引き起こし、
太平洋でさえも簡単に越えてしまうから、である。
美容師の仕事には2つの種類がある。
『Y.S.PARK』はブランドである。
たとえばミスト、ムース、ポマード等のスタイリング剤。
髪の長さや状態に合わせて細分化された多彩なシャンプー群。
さらには見たこともないかたちをしたコーム、プラシ、ビン(ピン???)等のツールからヘア・アクセサリーに至るまで、さまざまな“モノ”に『Y.S.PARK Design』というロゴが描かれている。
『Y.S.PARK』は、美容室である。
代官山に2カ所、六本木と表参道、南青山、渋谷にそれぞれ1カ所、計6カ所に展開されるサロンの名前である。
『Y.S.PARK』は、人である。
英語で書けばYoung-soo Park。日本語ならパーク ヤン・スー。
彼が、『Y.S.PARK』ブランドの商品すべての企画立案者であり、美容室『Y.S.PARK』の主宰者である。
この男に、“美容師”という肩書きを簡単には使うわけにはいかない。
彼は自分の作品を自分で撮影するフォトグラファーでもあるからだ。
しかし、それだけでもない。
彼は『Y.S.PARK』ブランドの商品群を、すべて自分で企画し、つくりあげる“プロダクト・マネージャー”でもある。
さらには美容室。フロンは使わず、容器はリサイクルし、調度類はアンティークやむくの木でつくられた家具等でまとめて地球環境の保全に頁献する美容室を、都内6カ所に展開する“プロデューサー”でもあるのだ。
「ぼくは、自分のことをデザイナーだと思っているんですよ」
実は、初対面の私はのっけから失礼な質問を浴びせてしまった。
「いろんな資料を拝見すると、パークさんって、ちょっと変わった美容師ですよね」と。
その答えが、この「デザイナー」論である。
彼は全く動じることなく、ニコニコしながら穏やかに答える。
「美容師の仕事には2通りあると思うんですよ。作業の部分と、デザインの部分。美容師って、その2つを1人でやってる数少ない業種ですよね」
「たとえば建物でしたら、設計する人と建てる人は別ですよね。美容師はその2つを両方、いっぺんにできるんです」
「だけど、世の中にはデザインのためにやってる人と、作業のために作業している人がいるんですよね。そう分けてほとんどの人を見れば、あぁこの人は作業ね、この人はデザインね、と」
「ぼくがもし変わってると捉えられるとすれば、それは世の中にぼく寄りの人が少ないからなんでしょうね。ぼくはもうすべてがデザインのための作業ですから」
語り口はあくまで穏やかだった。しかし話の内容は、穏やかではなかった。
ゴミになるかアンティークになるか。
「ならばデザインとは何か、ですよね」
彼はすでに私の質問を先回りしている。
「たとえば音楽も、ぼくはデザインだと思ってるんですよ。でね、ビートルズが好きで作曲を勉強した人が、ビートルズの曲を書いちゃいけないですよね。ゴッホが好きでゴッホに師事した人が、ゴッホが亡くなってからゴッホの絵を描いちゃいけないですよね」
「ですから日本の美容界だと、よくサッスーンとかね、ま、ヨッスーンか、ゴッスーンか知りませんけど、それが好きなのはいいんです。でもやっちゃいけないですよね。デザイナーとしてはね」
「作業だったらいいと思いますよ。でも単に作業してる人が、ヘアデザイナーというから混乱するわけですよ。最初から作業だと言ってればいいのに。物まねだって言っていればわかりやすいんですが。人の描いた絵をなぞりながら、デザインだって言ってるから。ビートルズと全く同じ曲を弾いてて、作詞作曲は俺だ、って言ってるから、世間が混乱するんじゃないでしょうかね」
今月も、私は思わざるを得ない。
「ああ……」と。「また一人、『猛毒』をまき散らす人と出会ってしまった」と。
「すごい人って、世の中にいっぱいいるわけですよね。その人を見てすごいと思うからこそ、真似しちゃいけないと思うんですよね。その人をもし尊重するんであれば、ね。それがデザイナーだと思うんですよ。たとえば彼が喜劇でやったら、こっちは悲劇でやる。悲劇でやるのなら、こっちは喜劇で頑張る。そういうのが世の中のためになるって、ぼくは思ってるんですよね」
私はただ成す術もなく、「はあ」と頷くのみである。
「世の中のためにならなかったら、ゴミでしょ」
ゴミ……。
「たとえばね、このテープル」
そう言って、彼は私との間にある古い机を指で叩きながら言った。
「アンティークなんですよね。たとえば引越しする時に、捨てるものと捨てないものを選別しますよね。これいらない。これ持っていく。その基準ってなんなのかというと、役に立つか立たないかだと思ってるんですよ」
「このテーブルは百年前につくられてるんです。これまでの間には当然、何人もの人の手に渡ったと思うんですよ。だけど誰も捨てなかった。だからここにあるわけですよ。役に立ったわけですよ」
「それと同じでね、ぼくはゴミになりたくないんですよ。何かの役に立ってる以上、人は捨てないですよね。役に立ってなかったら自分の意志とは関係なく、捨てられますよね」
「アンティークがなんでいいかというと、誰も捨てなかった。だからいいに決まってるんですよ。役に立ってなかったらゴミになりますよ。捨てるか捨てないか。どこかで二者択一する時に、その判断基準は役に立つかどうか。絵画でも音楽でもそうですよね。残ってるのは役に立ってるんだと思うんですよ。その中でも特にすごいのは人類の宝だと言われるわけです」