Fanna ginza塚本繁 美容維新、その胎動。【GENERATION】雑誌リクエストQJ2005年11月号より

1年じゃ足りなかった

 

 

1993年6月。塚本繁はようやく英国へと旅立つ。

橋渡しをしてくれる人の指示に従い、入国のためのすべての手続きを完璧に終えて、彼はロンドンへ向かった。

ところが、である。ヒースロー空港で彼は足止めされるのである。

理由は手帳にあった。彼は受け入れ先のサロンの住所と名前をメモしていたのだ。もちろん英語で。

これはなんだ、と。ここで働くつもりだろう。それが入国審査官の言い分である。

英語はしゃべれない。塚本は情けなくなった。泣きたくなった。カッコつけて出てきたのに、このままとんぼ返りなのか。

待たされた。3時間。迎えの人がくる様子もない。

これはもしかして留学詐欺か。

だが、許された。入国。審査官は最後に言った。

「Don’t job!」。

 

英国は不思議な国だった。あれだけ入国に手間取ったのに、入ってしまえば合法的に仕事ができた。一定の条件を満たす学生はパートタイムジョブの許可証がもらえるのだ。

1年間、塚本は英語学校半分、サロンワーク半分という生活をつづけた。

アカデミーはまず『ヴィダル・サスーン』へ。修了すると『トニー&ガイ』へ。さらにメイクのスクールにも通った。とりあえず行ける学校は全部行こう。そう考えていた。

1年では足りなかった。塚本はビザの延長手続きをとり、もう1年、ロンドンに滞在した。

「足りないと思ったのは、イギリスの雰囲気をもっと吸収したかったから。技術的なものは1年2年じゃ到底無理じゃないですか。それに感受性とか、センスとか、とにかくもっと染まりたいと思った」

 

塚本は、サロンでも人気者だった。日本人は技術が細かいため、お客さんから好かれるのだ。そのまま何年も、あるいはいつまでもロンドンに残る。そんな道もあった。しかし渡航して丸2年で、塚本は帰国することにした。

「結局、正式には働けないんですよ。バイト感覚だから先がない。このままビザを延長しても意味がないな、と」

ここらが潮時かな。そろそろ日本に帰って、きちんと根っこを張ろうかな。

塚本繁。そのとき23歳。

 

 

広告とアフロと、のし上がる話

 

英国行きは、周囲のみんなに反対された。

もっと日本で美容のことを勉強してから行ったほうが役に立つよ、と。

しかし塚本はまったく逆のことを考えていた。日本で本格的に勉強する前に、英国で美容師としてのベースをつくっておきたい。そう思ったのだ。そっちのほうがおもしろい美容師になれるんじゃないか。日本の色がつく前に、ロンドンの空気を思いっきり吸って、身体の隅々へと浸透させたい。

 

念頭には『boy』があった。茂木正行がいた。帰国したら面接に行く。そう決めていた。

だが、ロンドンで会った日本人美容師は口々に言うのだった。

「合わないんじゃない?」「雰囲気、ちょっと違うんじゃない?」

それでも行く。そう思ってた。

ところがロンドンを離れ大阪に帰ると、塚本は東京へは、つまり『boy』には行かなかった。

約2カ月。彼は動かなかった。

「面接とか嫌いなんですよねぇ」

ねぇ、ではない。

せっかくロンドンで2年間、空気を吸ってきたのではないか。その成果を、日本で試すチャンスじゃないのか。

 

塚本は動かなかった。実家でぶらぶらしていた。当然、お金がなくなる。母親もプレッシャーをかける。やばいなぁ。とりあえず面接だけには行くか。

ようやく雑誌を開いた。さて、大阪でおもしろそうなサロンは‥‥。

あれっ? 東京は? 『boy』は?

「いやあ東京行くのもたいへんやし、お金も全然なかったし、現実的じゃなかったし、とりあえず親の目も厳しいから‥‥」

塚本は『CUTIE』を開いた。すると小さなスペースに、不思議なヘアスタイルが掲載されていた。

『CUTIE』には似つかわしくないこてこての大阪スタイル。むしろ『Domani』に出てきそうなスタイル。

「なんじゃこりゃ」

塚本は思わずつぶやいた。

「合わねぇだろ」

しかし塚本は気になった。気になって、そのサロンに見学に行ってしまうのだ。

 

『K-two』。

ちょうど心斎橋に進出したばかりのサロンだった。

前衛的な内装。おしゃれな雰囲気。入った瞬間、これはすごいと思った。

越智岳也が応対に出てきた。若いオーナーだった。話をすると、いつのまにか意気投合。「ウチはこれからのサロンだから。有名なサロン、たくさんあるけどウチはここを基盤として、これからのし上がっていくんだよ」

話を聞きながら、塚本の視線はフロアに釘付けになっていた。スタイリストがカッコいいのだ。ロンドンブーツ。くりくりのアフロヘア。『パパイヤ鈴木』のような風貌。

「ちょーカッコいい」

そう思った。

広告に惹かれ、オーナーの「のし上がる」話に撃たれ、アフロにやられた。

『boy』は、いつの間にか意識のなかから消えていた。

 

>アシスタントからもう一度

 

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