Fanna ginza塚本繁 美容維新、その胎動。【GENERATION】雑誌リクエストQJ2005年11月号より

器用だから練習してやる

 

 

塚本繁は美容学校に入学した。

当時は2年制になる直前。塚本たちは1年で卒業するか、2年目に進むかを選択できた。

 

2年制のウリはインターン期間が不要だというものだった。

ところがいろんな人に話を聞くと、結局は2年行ってもインターンのような期間は必要になる、と。だったら早く社会に出たほうがいい。当初はそう考えていた。

ところが担任の先生が塚本を引き留めた。

「学生でいられるのなら、いたほうがいい。きっと役に立つこともあるから」

熱心な先生だった。尊敬していた。その先生に出会えなければ、いまの自分はない。そこまで言い切れる先生だった。塚本は素直に従った。

 

塚本は器用だった。技術は何をやってもすぐに飲み込めた。だからこそ先生は厳しかった。

「器用にできるからといって調子に乗ったらだめよ」

先生は言うのだ。

「だいたいつぶれていく人は器用な人が多い。器用でデキのいい人は芽が出ない。どんくさい人のほうが伸びる。なぜなら練習するから。繰り返し練習するから力になる。するとやがてきっと芽が出る。それが美容の世界だ」と。

塚本は思った。

「じゃあ練習したろ」「できるけど、だれよりも練習したろ。だったらもっといいやん」

負けず嫌いだった。人に負けるのはイヤだった。だからウイッグを家に持ち帰って、毎夜練習したのである。

 

2年目になると、サロン実習が始まった。

学校のサロンにモニターと呼ばれるお客さんを呼んで、カットする。

カウンセリングから始まって、カラーもやる。パーマもかける。

そこには必ず先生がつく。失敗すると直してくれる。

 

そのころ、である。塚本は先生から打診されている。

「このまま学校に就職しないか」と。

 

迷った。だけどここで断ったら、いい就職先は見つからないかもしれない。だったら受けたほうがいいのか。

 

受けた。学校に就職することにした。でも、心の底では迷っていた。ホントにいいのか。学校でいいのか。できもしない技術を生徒に教えていいのか。ホントにいいのか。

 

秋になり、年が明けた。塚本は迷いつづけた。

2月。卒業旅行。『ロンドン、パリ、ローマ10日間の旅』。

塚本は母親に無理を言って行かせてもらった。

最初の訪問地はロンドン。そこで塚本の人生のスイッチが切り替わるのである。

 

 

就職よりもロンドンへ

 

英国に住みたい。ロンドンで暮らしたい。

それが塚本のあらたな目標となった。

帰国後、彼は本を読みあさる。英国。ロンドン。ヴィダル・サスーン。

カッコいいなぁ。住みたいなぁ。

 

3月になった。いよいよ来月から就職。そのとき、彼は慌ててストップをかける。

就職する東亜美容専門学校は『ル・トーア』の名が示す通りフランス系なのである。

パリこそ美容の中心。ロンドンではない。

ここはオレには合わないんじゃないか。そう思い始めたのだ。

まずい、辞めなあかん。

行動は早かった。塚本は直前に入社を辞退した。

 

目標は英国に住むこと。それしか見えなくなった。第一目標だった。そのためには就職してお金を貯めないといけない。

先生の紹介で神戸の地域密着型サロンに就職した。初任給は17万円。当時では破格だった。

入社。しかし3カ月経ってわかった。17万では絶対に貯まらない。

そこで塚本は方針転換。とりあえずここでスタイリストになろう。

そこから猛然とレッスンに没頭した。周囲のスタイリストたちの仕事を見て盗み、サロンにあったカットテキストをむさぼるように読んで、レッスンに生かした。

独学。サロンには当時、『テリー南』や『萩原宗』のカットテキストがあった。

 

10カ月でスタイリストになると、塚本はそのサロンをあっさりと辞めてしまう。

さあこれから指名客をたくさんとって、稼ごうというその直前に。

「美容師でお金を貯めるのはあきらめた。美容師では無理だと思いました」

一方、その1年間で英国への思いはますます強まっていく。

当時のアイドルは茂木正行(boy)。

「茂木さん、すっごい好きだったんですよ。茂木さんもロンドンでしょ。雑誌とかで茂木さんのインタビューを見つけると切り取っちゃう。そのまま切り抜きをロンドンに持っていきましたからね。イギリスから帰ったらboyに行こうと思ってたくらい。とにかく大好きだった」

 

英国へ。その思いを具現化するために、彼は一度美容を離れる。当時から稼げることで有名だった運送会社に、彼はアルバイトとして飛び込むのだ。

ファッションビルの地下配送センター。そこが彼の職場だった。

彼は初日から怒鳴られまくった。

服の詰まった段ボール箱を、行き先別に仕分けしてトラックに積み込む。

肉体労働。先輩の怒鳴り声。それでも彼は我慢した。英国のために我慢した。

耐えに耐えて1カ月。先輩たちは急に優しくなった。

「1カ月つづくヤツなんかいないわけです。だから最初はつらく当たる。だけど1カ月経つと、今度は使えるバイトになる。仕事は覚えてる。精神も肉体もタフ。だから今度は辞めさせない。辞めさせないために優しくする」

 

みな好意的になった。残業もどんどんやらせてくれた。すると給料が月に33万円になった。

しかし、お金は貯まらなかった。

なにしろ目標は200万円。それをなるべく短期で貯めたい。

土建屋である。いや、土木作業員。日給2万5千円。彼は飛びついた。1カ月まるまる働くと60万円を超えるのだ。その仕事を数カ月。彼はついに235万円の資金を手にした。

 

>1年じゃ足りなかった

 

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