Fanna ginza塚本繁 美容維新、その胎動。【GENERATION】雑誌リクエストQJ2005年11月号より

 

雑誌「リクエストQJ」創刊以来の看板企画「GENERATION(ジェネレーション)」。

昭和〜平成〜令和と激動の美容業界において、その一時代を築いてきた美容師さんを深堀りしたロングインタビューです。

300回以上続いた連載の中から、時を経た今もなお、美容師さんにぜひ読んでいただきたいストーリーをピックアップしていきます。

今回は2005年11月号から、Fanna ginza代表の塚本繁さん(掲載時は「K-two」所属)。フェミニン&コンサバスタイルで数々の有名女性誌やTV、コレクションで活躍し、サロンワークでは女性を輝かせる小顔術を武器に多くの顧客からの支持を集め、美容業界をリードしてきた塚本さん。そんな塚本さんの美容師を志した意外(?)なエピソードや、ロンドン留学を経てK-twoをブランドサロンとして輝かせるまでの軌跡をお話されています。ぜひご一読ください。

 

ライター/岡 高志

 


 

何かが、動き始めている。

耳を澄ませて聴こうとしなければならない。

目を見開いて視ようとしなければならない。

美容界に、あたらしい波が起ころうとしている。

 

江戸時代末期。

260余年もつづいた幕藩体制をなぎ倒した原動力。

そのひとつが、

鉛の蓋のように行く手を阻む長老たちの保身政治に、

若者たちが翻弄された閉塞感だったとすれば。

この国の行く末を心底憂い、

命を賭して変革せねば国の未来はないと考えた若者たちの

使命感だったとすれば。

現代の日本も、同様の空気に覆われていないだろうか。

 

何かが、動き始めている。

心を平らかにして感じようとしなければならない。

日本の美容界に、あたらしい波が起ころうとしている。

 

 

 

高知の床屋さん。子どもが椅子に座る。

小学校3年生。理容師がケープをかける。すると小学生は言うのだ。

「前髪は切らないでください」

毅然とした態度。理容師は驚く。

「後ろは刈り上げて、前髪は切らないでお願いします」

 

 

前髪が短いのは許せなかった。親が買ってくる服を着るのもいやだった。自分のくせ毛もいやだった。だから毎朝、父親の目を盗んではドライヤーで髪をとかした。

塚本繁。当時、9歳。

 

高学年になると“チェッカーズ”がデビューした。藤井フミヤが、塚本のアイドルになった。さらに中学生になると、塚本は自分でハサミを持つ。

「自分で切るんです。たぶんすごい気にしぃだったんですよ。髪もちょっと伸びたらイヤなんですよ。ヘンになってる気がする。だから伸びた髪を切る。床屋さんなんかそんなにしょっちゅう行けないじゃないですか。だから自分で切るしかないと思って」

両サイドの、刈り上げのラインが好きだった。ビシッとした、きれいなラインが好きだった。だから週に一度はハサミを持つ。鏡の前でサイドラインを切りそろえる。

 

ハサミは、スーパーマーケットの景品だった。

買い物をするたびにもらえるスタンプ。それを台紙に貼り、一定数以上になると景品と交換できる。その景品カタログのなかにハサミがあった。家庭用の散髪バサミと梳きバサミ。母親にねだって手に入れると鏡の前に立った。自分の髪を切った。

「下手くそなんですよ。横から見るとがたがた。で、中学のときのあだ名がとらちゃん。虎刈りのとらちゃん」

でも気にならなかった。鏡で見るのは正面の自分。横は見ない。関係ない。

髪を切ることが好きだったわけではない。カッコつけたかっただけ。

そのうち、彼は大きな武器を獲得する。バリカン。

親戚のおばちゃんが、虎刈りを見かねて家庭用の電動バリカンを塚本に与えたのだ。

その途端、刈り上げは格段にうまくなった。

弟たちは塚本の“フミヤ”そっくりのヘアスタイルを見て、オレも切ってや、と言う。切ったるわ、と答える。

かくして塚本は2人の弟の髪をバリカンで刈り始める。3兄弟、まったく同じ髪型ができあがる。それでも兄弟は大満足だった。

 

人の髪を切ることは、しかし塚本のなかで職業と結びつくことはなかった。まったくなかった。

 

高知には中学受験があった。中学にも、受験をして入学するのだ。だから塚本は小学校4年生のころから塾に通っていた。

 

父親は厳格だった。

大学に行け。いい大学に行け。

その強制的な言い方に塚本は反発していた。

だが結局、大阪に移って高校受験をするまで、塚本は競争社会のなかに身を置いていた。ところが大阪で進学校に合格した瞬間、塚本の緊張の糸がぷつりと切れた。

 

勉強に飽きた。興味を失った。大学に行く気はなかった。大学生になるのは絶対にいやだった。父親への反発はそれほど強かった。

 

高校はよくさぼった。しかし部活だけは真剣に取り組んだ。

バレーボール。授業には出なくても部活には出る。その姿が担任に見つかる。

なんで学校におらんかったのに、今おるねん。

いや、体調が戻ってきたんで‥‥。

バレーボールが好きだった。好きなものにはとことんのめり込む。だが興味の持てないものは一切やらない。それが今も変わらぬ塚本の性格だった。

 

 

先生たちに乗せられて

 

高校2年になると、進路相談が始まる。塚本も将来のことを考え始めた。

 

彼は腸が弱かった。つまりトイレが近い。

高校時代、彼はよくトイレに駆け込んだ。教室に戻る。するとクラスメイトがみんなで鼻をつまみ、手で扇ぐ。それがイヤでトイレに行けなくなる。するとそれがストレスとなって、逆にトイレに行きたくなる。

悪循環。塚本にはそんな悩みがあった。その体験から塚本は、なんと将来の職業像を導き出すのだ。

サラリーマンは無理やな、と。

こんなつらい思いを会社に入ってからまでできるものか。それが結論である。

やるなら自営業。いつでも自由にトイレに行ける自営業だ。

 

母親はしきりに鍼灸師を薦めた。ちょうど実家のとなりで開業している鍼灸師がいて仲がいい。家でできる仕事やし、これからはそういう職業が求められる時代になるよ。

塚本は母親の進めるままに、鍼灸師の専門学校の入学案内を取り寄せた。

その案内を開くと、一枚の写真があった。ベッドに人形が横たわり、身体にはたくさんの点が描かれている。おそらくツボだ。その人形の周りに白衣を着た人が群がって、鍼を刺している。

これは無理だろう。塚本は思った。却下。それが塚本の結論だった。

 

塚本は他にも複数の専門学校の入学案内を取り寄せていた。

そのなかに美容学校があった。

担任は英語科の先生だった。ある日先生は英語科の教務室に塚本を呼び出した。

「どうすんの」

そう聞かれた塚本は、深く考えることなく答えていた。

「美容師とかになろうと思うてます」

 

その瞬間、英語科の部屋の空気が変わった。

まず担任が、「そら合ってるわ」と言った。すると他の教員たちも口々に言うのだ。

「そうやねぇ、塚本くん美容師合ってるねぇ」

 

本人としては何気なく言ったのだった。深く考えることもなく、なんとなく口にしたのであった。口がすべったと言い換えてもいいくらいだ。ところが、周囲の大人たちがこぞって賛成する。その雰囲気に、塚本は乗せられた。

「そのときにたぶん決まりました。自分のなかで、じゃあ美容師になろう、って。進路ってけっこう迷うじゃないですか。だけどみんなが向いてるって言うから、オレ向いてんのや、と」

 

 

覚悟をしなさいよ

 

美容師である。ならば美容学校に行く。

進路を決めた塚本は、美容学校の見学を開始した。高校3年の夏である。

 

美容室には見学に行かなかった。理由は「恥ずかしいから」。

美容室に行くのは好きじゃなかった。高校になってもカットは自分でやっていた。

ただ、くせ毛だったのでストレートパーマをかける。そのときだけ、彼は駅前の美容室に行くのだ。

 

駅前の美容室は“女性の園”だった。男の人はいないし、ましてや男子高校生など皆無。だからこそ女性たちは彼に群がる。

「どこの学校」「部活は何やってんの」

それが鬱陶しかった。

「なんじゃこいつら」

塚本はそう思っているのだ。

しかも担当美容師はカットがヘタだった。刈り上げも明らかに塚本のほうがうまかった。彼は家に帰ると毎回、バリカンで刈り上げをていねいに直すのである。

だから、美容室のイメージはまったくもってよくない。

その美容室に自分が立って働くなんてイメージできない。

むしろこんなとこはイヤだと思ってる。

母親も大反対。当時の美容師のイメージは、きつい、きびしい、給料安い、立ち仕事で手は荒れる。

「男はほとんどいないから、女の人の仕事だよ」と。

 

しかし塚本は美容学校を見学するのだ。自分に合った学校を選ぶために、見学に行くのだ。

数校見学したなかで、彼が気に入ったのは『東亜美容専門学校』だった。

正式には『ル・トーア 東亜美容専門学校』。

まず校風が自由そうに見えた。校舎もきれいだった。さらに制服が白衣ではなく、つなぎだった。

 

入学すべき美容学校を決めると、母親は折れた。

「あんたが決めたんなら、とことんやりなさい」

 

おおらかな人だった。

ある日、塚本の机の上に手紙が置いてあった。母親からの手紙だった。

 

私はやめたほうがいいと思う。たいへんな仕事だから。だけどどうしてもやるというのなら、応援するよ。ただし途中で投げ出すことだけは許さない。それなりの覚悟をしなさいよ。

 

>器用だから練習してやる

 

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