Side Burn 太市 オリジナリティの、魔力。【GENERATION】雑誌リクエストQJ2002年4月号より
オンナのコが、たくましい
『サイドバーン』は、95年にオープンした。名前の意味は冒頭で述べたように“もみあげ”である。
「そのころ、わりと女性的なお店が多かったんですよね。でも自分がやるなら、もっと男っぽいお店をつくりたいなと思った。昔のアメリカの、バーバーのイメージ」
時代は、ストリート・カルチャー全盛。アバンギャルドなヘアを求める女性たちが、彼のもとへと集まった。
彼はサロンワークの傍ら、創作活動も開始。『ヘアモード』誌を皮切りにしてクリエイションの世界へ没入していった。
その間、いわゆるカリスマ・ブームがやってくる。
彼にもテレビへの出演依頼がやってきた。だが、彼はその話を断っている。
「カッコイイとは思ってなかったから。正直言って、自分の方向性とはまるで違うんで、お断りしました」
彼はタレント活動ではなく、自己表現の場を求めていた。ヘアスタイルというよりも、絵づくり。写真というメディアを使った、一枚の絵づくり。それが写真では足りなくなって、動くものへ。映像へ。
だがその間、彼は一貫してディレクターでありつづけた。
自分でシャッターを押すことは、ない。フィルムを回すことも、ない。
「基本的にはディレクション。冷静に全部が見えてなくちゃダメな立場。自分でやると、視野が狭くなっちゃうから。それよりプロのカメラマンとコラボレーションした方がおもしろい。そのほうが、スケールがでかいものができる」
写真を撮る美容師は増えている。そしてその方向性は、けっして間違ってはいない。だが、コラボレーションにはまた別の意味がある。拡がりが、ある。
たとえばディレクターがイメージを伝える。それをプロのカメラマンやデザイナーが、それぞれのフィルターを通してかたちにする。そのとき、作品は当初のイメージを超えることがある。
ならばディレクターのイメージとは何か。どこから湧いてくるのか。
「イメージの前に、コンセプトがありますよね。テーマ。そこが一番ですね。わりとコンセプチュアルなものが好きなので」
ならば、テーマとは。
「テーマは、つねに考えてるんですよ。たとえば、混乱した東京で強く生きるオンナのイメージとか。考えるのが好きなんですよ。いまの気分はこれだよね、と。それがつねにある。時代背景を観ながら、時代背景と照らし合わせて考える。だからテーマはマイワールドというよりも、時代に対してなにかメッセージしていくこと」
メッセージ‥‥。
「アンテナが立ってるんですよ。たとえば原宿をスーッとクルマで抜けるだけで、いろんなことが見えちゃう。すごい敏感なんですよ。テレビを見ててもそうだし、いまのアイドルのコたちのことであったり、コマーシャルであったり、ニュースであったり。そういうさまざまなメディアから、いまの日本というのを感じるんですね」
いまの日本とは。
「ずっと言われてるけど、飽和状態がつづいていて、経済もガタガタになって。で、いま育ってる若者たちも、何か足りない。教育もされてない。未来になんの希望もなく生きてる」
希望なく生きてる‥‥。
「たぶん希望を持つような教育もされてない。淡々と、せまぁいフィールドのなかで、ゆるーく生きてる」
その状況というのは、よくない、と。
「来るべきときが来た、と。ま、一回堕ちた方がいいんじゃないの、くらいの感じはあるから。その次に、もっとたくましい子どもたちが生まれてくるのかなぁ、という期待はあるよね」
イメージとしては一度、東京が廃墟になって、そこからあたらしい子どもたちが、たくましい子どもたちが生まれてくる‥‥。
「そうですね。一回リセットするには堕ちないと。政治も経済もよくなりそうな兆しもないし、このまま失業率が高くなって、どんどん若いコたちが追い込まれていく。だけど夢も持てずに淡々と生きてると、そのうちにきっと何か足りないものを探し始める」
それは期待、ですか。
「うん、期待してますね」
希望を持ってるわけですね。
「持ってますよ」
太地さんは若いころ、高校生のころ、美容学校生のころ、希望ってありましたか。
「ありましたね」
こういう美容師になる。カッコイイ美容師になるとか。
「ま、お金稼いで、とか。やっぱり、欲求はありましたよね、すごく」
それすら今のコにはない、と。
「ないですよね。ないコが多い。頑張らない。そう、頑張らないというのがキーワードじゃないですか」
頑張るのはカッコ悪い、とか。
「カッコ悪いというか、もう単に頑張らない。頑張ってどうすんのよ、というのが普通でしょ。ただ、そのなかでしっかりしてるコはしっかりしてますよ。100人いるなかで、5人くらいはいいコが育ってるんですよね。特に女のコなんか、最近すごいたくましいと思うんですよ。昔よりも女のコのたくましさはすごいですよ」
たくましさ‥‥。
「たとえば美容師さんになる、と。その過程で、ちゃんと自分をわかってる。自分のやりたいこともわかってる。自分を持って進んでるということですね。ぼくたちのころってもっと子どもだった。だけどいまのコたちは、ある意味大人びてますからね。客観的に、ちゃんと物事をわきまえたうえで進んでますよね」
それは女のコの方が多い、と。
「女のコですよ。男のコは相変わらず、というか、もっと子どもになっちゃってますよね」
どうしてそうなってるんですかね。
「なんでだろうね。結局、パワーがいらない時代になっちゃったんでしょ。つよさみたいな。お父さんが頑張ってきた時代じゃないし、そういう教育もされてないし。いわゆるパワーで盛り上げていく時代はもう終わったんじゃないかな。で、今後はスタイルみたいなものの時代になってくる」
スタイル‥‥。
「そう、スタイル。みんながそれぞれ自分の価値観を持ってるわけですよね。そのうえで自分のスタイルを生んでいく時代。そうなると、やっぱり女のコの方が大人なんですよね。女のコがデザインしたものが売れる時代だし。美容師さんだってそうですよね。男がつくると頑張っちゃったものになっちゃう。そういうのより、自分にちょうどいい女性のデザインのほうが共有できるんじゃないかな」
そういう時代のなかで、どういうメッセージを。たとえば今回の写真集で、どういうメッセージを出していくのか。
「自分のオリジナリティ。自己表現ということをずっとやってきて、なんかひとつの整理がついたんてすよね。映像もやったりとか。で、今は何がカッコイイのかな、と思ったときに、いったんリセットみたいな気分があった。ヘアデザイナーとして一番価値のあることをやりたいな、と。そこに戻ったんです」
「今ってパーソナルな時代ですよね。何かがリードしていくという時代ではない。みんな、自分だけのスタイルが欲しい。そうするとヘアっておもしろいんだよね。確かに流行はあったりするけど、ぼくは自分を持ってる人たちというのが好きだし、そういう人たちにとってヘアというのはすごい重要なのね。だからそういう意味でのヘアということをもう一回見直したいね、と」
で、戻ってきたんだ、ヘアに。
「そう。だから今回のテーマは人。ヘアも含めた、人。今までは自分のアートワークみたいな、イメージワークみたいなことをやってきたんだけど、人っていうことに戻ってみたらおもしろいかもね、と」
「ぼくはコロッと変えることが好きなんですよ。美容業界ってもうなんかわけのわかんないものになっちゃってるでしょ。自分もそうやってきたんだけど、みんなイメージばっかり追い求め過ぎちゃって。なんかもうグチャグチャな汚いものばっかりできてくる」
「美容師さんってエグいの好きじゃないですか。ちょっとドロッとしたもの。でももうそれは要らないんじゃないの、ってぼくは思う。もうちょっとクリーンで、ハッピーなものの方が、今はいいんじゃないの、と」
自ら立てかけた梯子をみんなが昇り始めると、彼はすでに降りてしまっていた。
自己表現の機会均等
太地の肩書きはなんだろう。ふと、私は思った。
ヘアデザイナーなのか。それともクリエイター‥‥。
「いや、美容師です」
彼は即座に答えた。
作品にのめり込んでいても、美容師。
「そうですね。自分のなかではやっぱり、あそびだから。自分の中心にあるのは美容師でメシ食っていく。美容師好きだし、人を呼べるというのがなんといっても魅力じゃないですか」
人を呼べる‥‥。
「うん。人を呼べるというか、自分の魅力でいろんなおもしろい人たちが集まってくる。そういう出会いの場。無理しなくても楽しくワイワイやりながら、できる仕事で喜んでもらえる。それは今後生きていくうえでは最良だと思ってるのね」
今でもサロンワークを‥‥。
「やってますよ。ガンガンやってます」
たとえば5年経っても美容師。
「やってますよね。やれるうちは」
やれるうち、とは“人が来るうちは”ということ。
「いやもうオレはダメかなと思えば辞めるでしょうけど」
ダメ、とは‥‥。
「うーん、なんだろうなぁ。美容師やるうえでね、人になんかこうエネルギー与えられるぐらいの自分じゃないとつまんないなぁと思うし。落ち着いてきちゃったらつまんない。パワフルで、若いコからおもしろい人たちからいろんな人たちが集まってきてくれる自分があればいいけど。自分もくたびれちゃったなと思ったら、もう辞めようかなと思うかも知れないよね」
世の中には今、技術者になりたてで、太地さんと同じように壁にぶつかってる人がいる。お客さんが戻ってこない、と。そのとき、もしかしたら自分は美容師に向いてないんじゃないか、と思うかもしれない。それをどうやって乗り越えればいいのか。
「難しいね。その人によるからね。ホントに才能がないと思ったら、辞めた方がいいんじゃないかな。落ち込んでも切り替えられる自分がいるということを信じられるか」
「自分をちゃんと認められるかどうですよね。自分のいいとこも悪いとこも、ちゃんと認められるかどうかですよ。まずそれがないと原因がわからない。人のせいにしちゃう。自分でちゃんと認められないと出口は見つからない。それが一番で、あとはホントに才能ないと思ったら辞めたほうがいいと思うし」
才能、って必要なんですか。
「そりゃそうでしょう。才能でしょう」
いや、技術だ、と。技術さえ覚えればお店が持てる。そういう時代が確かに、美容界にはあった。
「才能ってのは、べつにいろんな要素を兼ね備えてるということじゃなくて、たとえば自分が不器用だからということを認めて、人の3倍できるかということですよね。それもひとつの才能じゃないですか。自分を見据えられるってことも才能だと思う」
「技術はヘタだけど、接客はかなりいいんだよね、というのも才能だし。そういうところをちゃんと自分のなかで認識できるかどうかだよね。方法ってのはいろいろあるわけだから」
「出口は1個でも、そのプロセスというのはいろんな方法があるわけじゃないですか。だからそれを認めた人が、ちゃんとやっていける。だから認めたもん勝ちですよね」
つまり、美容師として生きていくために必要な要素や方法はたくさんある、と。
「自分のやり方を見つけることですよね。だからメッセージとしては、ま、偉そうなんだけど、自分のオリジナリティというものを中心にしてほしい。やっぱりなんか真似してる人が多いわけだから。もうちょっと自分というものはこれだみたいなことを、もっと自信を持って言ったほうがいいんじゃないの、と」
オリジナリティ。そこがむずかしい。
たとえばイメージが湧いてこない人には、オリジナリティがないと思われてる。
でも私は思う。自分のなかに湧いてこなくても、世の中にあるもののなかから何を選ぶか。それもオリジナリティじゃないのか、と。
「そうそう。それでいいんじゃないですか。ようするにこれを言ったら恥ずかしいというのがみんなあるじゃないですか。みんながいいものはいいみたいになっちゃってる。合格ラインみたいなものがあると思ってるのね。だから10人のなかで、ひとりだけこっちがいいと言うと恥ずかしい、みたいなね」
「でも、そんなことはないんですよ。自分の感覚に素直に、ぼくはこれが好き、と。それでいいじゃん。なんかそういうことをもうちょっと考え直さないと。みんなが言ってるからいいわけじゃないよね、ってことを主張しましょう。堂々と、臆せずにね」
彼は主張してきた。自分が好きなこと、おもしろいことに取り組んできた。まさに“裸になって”生み出してきた。だが、そのためにはまず、表現する場を獲得しなければならなかった。その場を、彼は最初のチャンスでつかんだ。つかむために、彼はことさらに他人と違う自分を見せようとしたのではない。自分を、自分の感じるものを、素直に表現した。それが結果的に他人とは違っていたのだ。
オリジナリティ。そのコトバには魔力が潜む。
何か人と違うことを、やらなければならない。そんな強迫観念にとらわれる。
しかし、そんなことはないのだ。
なぜなら
『60億人もの地球人のなかに、自分はたったひとりしかいない』。
その真実を認識するか否か。
つまり自分の存在そのものが、まぎれもなく“オリジナル”であることを信じること。
太地は、その真実を体現してきた。率直に。自分の好きなものに、素直に。それが彼を、多様な表現のステージへと押し出してきた。
だとすれば、チャンスはある。誰にでも。あなたにも。もちろん、私にも。