apish 坂巻哲也 『旗』は、世界へ。 【GENERATION】雑誌リクエストQJ2001年3月号より

 

ニューヨークへ、そして世界へ

 

 

彼は周囲の人に恵まれていた。

アルバイト先の美容室の先生。原宿の大手美容室の社長。そして掲げた『旗』についてきてくれたスタッフ。

「ホントにそうですよね。今もぼくは輝いてるメンバーに囲まれてる。スタッフの採用もね、自分たちの環境は自分たちでつくるというコンセプトのなかで必ず全員で面接するんです。たとえぼくが採りたいといっても、誰かかダメと言ったら入れない。インターンの子だって面接する。実は1週間前に入ったんですけど、って言いながら面接してる。なぜなら、ぼくはこう思う。価値観の違う人と働くと疲れるんですよ。パワーを使うんですよ。そんなパワーを使うんだったら、お客さんにパワー使ったり、勉強にパワー使ったりした方がいい。同じ価値観を持って、同じ夢や目標を持ってる人たち。そんな集団にしたいんです」

 

彼らは果たして、どんな夢を描いているのか。

「世界のブランド『apish』をつくりあげよう、と。たとえばグッチ、プラダが世界に通じるブランドだとしたら、同様にヘアデザイナーとして世界に通用するデザインを提案していく。たとえば須賀勇介さんのように」

 

須賀勇介‥‥

坂巻もまた、須賀の生き方に感銘を受けた一人であった。

「須賀さんは本場のヴォーグの表紙をつくっていた人。フレンチ、イタリアン、アメリカンのヴォーグの表紙のヘアメイク。だから世界の女優さん、スーパーモデルのカットもする。だけどお店に戻ったら、デパートの掃除のおばちゃんの髪を切るんですよ。女性が髪を切るのは平等だ、って。同じ笑顔でカットする。人種を問わず、世界を舞台としてデザインできるデザイナーってすごいなと思ったし、ニューヨークって場所にすごい興味持った」

以来、彼はたびたびニューヨークへ行く。

「感じるのはパワー。世界中から元気な人たちが集まる街。いろんなジャンルの人が集まって、刺激し合う街。いつもエキサイティングでね。行くといつもこう思って帰ってくる。なんかオレもできるじゃん、って。そんなパワーを吸収してくる。だからぼく、いつかはその街で勝負したい。だけどね、日本でトップになれないヤツが、ニューヨークでトップになれるわけないんですよ。だからまず日本でトップになりたい。この原宿・青山でトップサロンになる。それが目標。そして夢は、世界の流行を『apish』がつくり出すこと」

 

驚いた。彼が掲げた『旗』は、世界をステージとする野望であった。

「ぼく、25歳のときに大病してるんですよ。ホントにもうダメだと言われてた。1年間、仕事を休んで入院してたんです。4回くらい手術して、悪いところ全部取って」

「医者は5年間って言ったんです。5年間は再発に気を付けるようにって。だからぼくには空白の5年間がある。だけど運よく再発はしなかった。つまりね、ぼくはケガとか病気とか、つまずいては立ち上がってきたんです。ものすごく苦しかったけど、立ち上がってきたことの自信は、ある」

 

何度も自らの死と直面した男・坂巻哲也。

彼は奇跡的に生還するたびに、新しい目標を掲げ、実現してきた。

その試練が、彼の夢を拡げているとすれば、

彼は人智を超えた何かに生かされているのかも知れない。

夢を実現させるために。

『旗』を全うするために。

 

「ぼく、無冠の帝王って言われてるんです。1位が好きなのに、いつも2位(笑)。雑誌の誌上コンテストも、決勝戦で負けた。“シザーズリーグ”もずっと勝ちつづけて、トーナメントになった途端、決勝で負けた。それは落ち込みますよ。だけど、立ち上がる。だから最近は考えてる。1位をとるのは、世界で1位になるまでとっておく、って」

 

彼は今年8月に、もうひとつの美容室をつくる。

それは彼が原宿・青山を制し、世界へ向かうための新たな拠点、となる。

 

 

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