TONI&GUY 雑賀健治 見果てぬ夢をデザインする男たち。【GENERATION】雑誌リクエストQJ 1999年9月号

 

アジア全体にスタイルを広める拠点

 

 

『TONI&GUY』を世界的な組織に創り上げたのは、ヴィジョンであった。

旗、であった。

世界の女性たちをより綺麗に、セクシーに、魅力的にする。

そのために彼らは、旗を掲げた。

『TONI&GUY』のスタイルに共感する世界中の美容師を、

彼らが育てるのである。

 

そのために『TONI&GUY』の名を冠したサロンがある国には、必ずアカデミーを併設。

同時に、直営にこだわらず、フランチャイズとして技術と看板を広く開放した。

 

その第一歩が1985年、雑賀健治によって記された。

場所は東京・青山。

当初はロンドンで自分のサロンを開こうかとまで考えていた彼は、トニーの夢に乗せられて、日本へと逆上陸を果たした。

目的は、まず日本に『TONI&GUY』のスタイルを浸透させ、技術者を育てることによって日本の女性をより魅力的にすること。

そして東京を拠点として、やがてはアジア全体に『TONI&GUY』のスタイルを浸透させていくこと。

 

「最初はやはりたいへんでしたよ。ワンレングス全盛の時代に、がんがんレイヤー入れましたから。スライシングで毛先を軽くして、ふわっと仕上げてましたから。来ないですよね、お客さん(笑)」

 

今から振り返れば、先駆者である。

現在の日本の美容界を席巻する柔らかなスタイルは、『TONI&GUY』の雑賀健治が15年前に持ち込んでいた。

 

しかし、いかんせん早すぎた。

「でも教育は最初からスタートしていた。サロンですぐに再現できる技術。ぼくらがロンドンで試行錯誤の末に編み出した教育手法」

 

それが少しずつ、日本の美容界に浸透していく。

同時に、世の中が変わり始めた。

 

「それまで中間管理職だった団塊の世代が、次々と企業のトップになっていった。同時に、社員のファッションに対する考え方も柔らかくなっていったんだと思うんです。なにしろ団塊の世代というのは日本で初めてファッションを意識した世代ですから」

 

 

目的のない旅だから辛くなる

 

『TONI&GUY』のアカデミーには、ビギナーコースもある。

つまり美容未経験者の教育コース。

そこには高校を出てそのまま入ってくる生徒たちがほとんどだ。

 

「1年間のコースなんですけど、今年卒業したコが4月にウチに入って、5月には試験に合格したんです。つまりジュニア・スタイリスト。それくらいレべルが上がってきた」

 

「彼女は遅くとも来年の春にはスタイリストになる。別に試験の中身を易しくしているわけではないんです。でも彼女だけでなく、4月に入社した30人くらいが6月にはほとんど基本のカットに合格している」

 

「というのはね、アカデミーではまずカットから教えるんですよ。シャンプー、カット、ブローを教える。パターンを教える。スタイルを教える。生徒たちは予備知識も固定観念も何もないでしょ。真っ白なんです。でも雑誌なんかでスタイルだけはわかってる。そのスタイルはどうカットすればできるか。それを教えるんです」

 

「10パターンも教えれば、たいがいのスタイルはできてしまう。だから楽しいんです。でもストレートの髪の毛にウエーヴをつけたい時にどうするか。そこでパーマが必要となる。また、カラーが必要となることも出てくる。だから教わりたくなる。スタイルをわかってやると早いんです。まずイメージがある。そのイメージをつくるために技術を学ぶ。それがアカデミーのやり方なんです」

 

確かに、教わる方もそれが最も楽しい授業であろう。

楽しければ、飲み込みも早くなる。次へ、次へと進みたくなる。

ならばなぜ、美容学校も、あるいはサロンでも、そのやり方で教えないのだろう。

 

「サロンでは、まずできません。というのは就職するわけですから。給料が発生するわけですから。サロンというのはすぐに役に立つ仕事をやって欲しいわけです」

 

「カットはまだいい、と。技術者がいるから。他のことをやって欲しい。だからパーマを教え、カラーを教え、トリートメントを教えるわけです。そしてある程度たったら、しょうがないからカットを教えようか、と」

 

「だから辛いんですよ。目的のない旅。ぼくはどこに行くの、と。目をつぶって歩いてるようなものじゃないですか」

 

「でも目をあけて、目的をはっきりして、こういうスタイルをつくるためにパーマが必要。ストレートパーマが必要。トリートメントが必要。シャンプーも必要だってわかるわけですよ」

 

「汚れた髪でやったって、パーマもかかりが悪い。整髪剤がついてたらきれいに洗い落とさないと、いいスタイルはつくれない。そして何よりまずシャンプーでコミュニケーションを交わせば、うちとけるでしょ? カットする前にスタイルの話ができるでしょ?」

 

「シャンプーはコミュニケーションなんです。自分の思ったことと、相手の思ってることを確認し合う機会。ヘアスタイルをつくるってことは、人間対人間の共同作業。それがあるから次回はこうしようという提案ができるんです」

 

 

すべてはサロンワークのために

 

アカデミーには、全国のフランチャイズ・サロンのスタッフもやってくる。

彼らはすでに各サロンで基礎講習を受けている。

基本のカットも、スタイルのパターンも勉強済み。

だが、『TONI&GUY』の本当の教育はそこから始まる。

 

「ぼくが今でもよく言うのは、みんながロボットみたいになっちゃいけない、と。ベースはみんな一緒なんですよ。ウチのスタッフでも。パターンを覚えて、ウイッグで切って、同時進行でモデルさんを切る。だけどモデルさんになったら、顔が違うよ、かたちが違うよ、毛質も違うよ、と。だから基本のパターンがある中で、いかにそのモデル、つまりお客さんに合わせるバランスを見つけるか。ここが難しい」

 

生徒たちは、まず最初にモデル探しから始める。

アカデミーは原宿にある。モデルは表参道でハントする。

 

「最初は緊張しまくるわけです。だから人に声かけると逃げられる。それは相当ショックみたいですよ。それでね、ぼくはいうんです。あなたの顔が緊張してるから相手がへんな人だと思うんだよ、と。あなたがサロンに立っていて、新規のお客さんが来ても、緊張してたら逃げられるよ、と。同じなんですよ。いかにパッと会った初対面の人に好印象を与えるか。会った瞬間、あ、この人ならと思わせられるか」

 

最初は緊張していた生徒たちも、5人、10人と声をかけるうちに慣れてくる。

緊張もほぐれてくる。

そしてようやく一人のモデルを連れてくるのだ。

 

「ぼくはもう何もいわない。するとね、自分たちで工夫し始める。手作りの名刺つくり始めたりね。で、やっとの思いで連れてきたモデルさんをちゃんとケアして、ステキなヘアスタイルをつくって帰せば、今度は紹介者が来る」

 

「それは全くサロンと同じじゃないですか。最初の5人、10人をつかまえるのが大変で、それからは拡がっていく。それが拡がらないコってのは、サロンに戻ってもお客さんつかないですよ」

 

「ぼくらは技術の教育だけじゃない。それだけじゃダメですね。重要なのはサロンワークですから。サロンワークに必要なことをすべて教える」

 

 

世界中にファミリーをつくる鍵

 

まさに地道な活動だった。

『TONI&GUY』は世界中のアカデミーで、何よりもまずサロンワークのための講習をつづけているのだ。

「目標を持ちなさい、と。目的のない旅は、やめよう、と」

 

「スタイリストとして、まず最初に持つ目標は、自分の味加減を確立することだと思うんですよ。だれもがロボットのように同じ技術を、同じように再生産していたらおもしろくないでしょ」

 

「だからぼくらは基礎を教える。『TONI&GUY』が蓄積してきた技術とスタイル、そしてテイストを教える。あとは何回切るか。何人切るか。最低200人くらい切ればわかってくる。自分で試行錯誤しながら、最後の味加減を見つけていく。それは自分で経験して、積んでいかないと習得できないんです。ぼくらはそこにアドバイスするだけなんです」

 

『TONI&GUY』が日本に上陸して14年。

その間、全国に15店舗が『TONI&GUY』の看板を掲げるようになった。

そのスピードは、決してマスコミが騒ぐほどではない。

だが、彼らは着実に、自信を持って歩みつづけている。

 

その自信の裏付けは、ロンドンにある。

郊外に『TONI&GUY』の最初のサロンがオープンしたのは1964年。

それから約20年間で、彼らは2店舗とひとつのアカデミーを持った。

そこから教育を開始して、さらに10年待った。

組織力のブレイクは、直近の5年間である。

 

つまり彼らは、人を育てていたのだ。

看板を売るのではなく、人を育てた。

その育てた人を、ファミリーという概念、つまり家族愛で包み込む。

その地道な活動の結果が、昨年の2500人パーティーなのだ。

 

日本ではようやく、各店舗が2店舗目を出す時期に近づいている。

15店舗の中で人が育ち、仮に1店舗ずつ出せば一気に30店舗。

さらに人が育てば、また倍になる。

 

英国における『TONI&GUY』は、

そうやって時間をかけて、地道にファミリーを形成してきたのだ。

合い言葉は「アンチ・サスーン」。

 

日本における『TONI&GUY』は、果たして英国の成功を踏襲できるか。

その成否は、雑賀健治と、原宿のアカデミーが握っている。

 

 

 

ライター/岡 高志

 

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