PEEK-A-BOO川島文夫 〜飢餓感の、地図。〜【GENERATION】後編 雑誌リクエストQJ2003年3月号より
自分らしく生きようよ
お客さんは、来なかった。当初、知り合いや友人がぽつりぽつりとやってきた。だが、まだ人通りも少ない表参道の、ビルの地下にひっそりとオープンした美容室の扉を開けようという勇気ある女性は、少なかった。
彼は簡単なリーフレットをつくり、周囲の住宅にポスティングした。真冬の街を、スタッフと一緒に歩いた。だが、効果はあまりなかった。
クリスマスが過ぎ、大晦日も過ぎた。正月も、お客さんが来ない。
だが、2月になると風が吹いた。英字新聞“ジャパンタイムズ”が、彼の特集記事を掲載したのだ。その直後から外国人のお客が増える。一時はお客さんの半分が外国人になる。同時にデザイナーやカメラマンなど、いわゆるクリエイターと言われる職業の人たちが来るようになる。
「焦ってはいなかった。不安も、なかった。だって始めたばかりだもん。やりたいことはやってみて、ダメならダメ。諦めもつく」
そのころ、彼はある詩の一節をこころの拠り所にしていた。
「時が経つのは早いけれど、人生は一回だけ。どうせ一回だったら、自分らしく生きてみようよ」
彼は顧客を絞り込んでいた。雑誌の取材も断ることが多かった。自分たちのテイストに合わない雑誌には載らない。また、想定する顧客像も明確だった。
「ミニマムで、洗練された、オシャレな女性」
それは当時の日本では、相当にセグメントされた顧客像であった。
「だってピーク・ア・ブーに来た人はピーク・ア・ブー流の髪型で街を歩いてほしい。だから、だれでもいいわけじゃない。そう。お客さんを選んでた」
表参道のビルの地下にできた美容室『PEEK-A-BOO』は、お客を選ぶ。そんなウワサが街に流れた。だがオープンして1年も経たないうちに、様相は一変する。地下へつづく階段にも、その外の表参道にも、女性たちがあふれるようになるのであった。
成功は、後ろにしかない
『PEEK-A-BOO』は一流をめざす店だった。だれでもいいから来てほしい。そんな発想は微塵もなかった。
「質から量へは行くんだけど、量から質へは絶対に行かない。それが法則なんです。ぼくはそう信じてる。安売りのお店をたくさんつくったから、その収益をもとに高いお店をつくっても成功しない。それは無理」
だから質にこだわった。一流を求めてきた、と。
「うん。でもそこには自己満足もありますよ。だけど最初から三流を求める人っていないじゃない。一流の人を見て、こうなりたい、と。めざしているから努力も努力じゃない。つらくもない。だから最初はわかってもらえる人だけに来てもらえばいいんじゃないの、と」
だからこそ店舗数も絞った。25年で、6店舗。けっして多くはない。
「そんなにガンガンつくったら、無理が出てくるに決まってるじゃないですか。たとえば店を先に出して、スタッフはあとで募集する、と。そんなの絶対ナンセンス。考えられない。やっぱり人が育って、働く場所からあふれちゃったから、次の店でしょ」
美容室経営者のなかには、耳の痛い人もいるだろう。
「成功ってね、前にはないんです。後ろにしかない。みんな成功を自分の前に求めるから良くないんだ。成功を求めて仕事するからミスるわけ。成功は後ろにある。前には何もないんです。夢しか、ない」
川島文夫は、語り始めた。現在の美容界に対する提言を、語り始めた。
「美容師って、50歳を過ぎるとハサミを置いたりするじゃないですか。だけどね、ぼくはここからが楽しいと思ってる」
50代どころか、日本に美容師の分岐点は30歳という説もある。30を過ぎると、独立するしかない、と。
「そんなことないよ。だってウチのスタッフ、20年一緒にやってる人が何人もいるよ」
書を捨てよ、街に出よう
川島文夫は、発信したがっていた。
「ぼくが言いたいのはね、10代には10代のときにしなければいけないことがある、ということ。それは身体を使うこと。身体で考えること。つまり体当たり。そのくらいの気持ちが10代、20代には必要だと思う。次に30代。今度は頭を使わないとできなくなるわけ。だけどね、みんな間違っちゃう。たとえば20代のときに頭を使いすぎ。儲けることばっかり考えてる。有名になることばっかり考える。じゃあ30代。頭を使わなきゃいけないのに、時間ばっかり使ってる。遊びばっかりに使ってる。趣味なんか、美容には関係ないだろ、と。サーフィンが好きで‥‥なんて。そんなことお客さんに関係ないじゃない」
いや、仕事以外から何かを感じることも大切じゃないか、と。
「感じないね。それは自分のエゴ。サーフィンやって仕事がうまくいくんだったら、みんなサーフィンやってる。サーフィンがいけないと言ってるんじゃないよ。前面に出すもんじゃない、と。そんなのは60になって、これが趣味ですというのがカッコイイんで」
でも、映画を観ること、美術館に行くことも大切では‥‥。
「そんなの言わなくても、観るのが当たり前じゃない」
確かに‥‥。
「じゃ40代。一番、感覚がゆるむとき。贅肉がつきやすくなるとき。身体の贅肉もそうだけど、すべてにおいて。そのときにみんな何を使ってるかといったら、すでに使い果たしちゃってる。だから20代までが勝負。ホントに書を捨てよ、街に出ようだよね」
確かに、日本のサイクルは速すぎる。海外では40歳くらいでようやく一人前だ、と。
「この仕事、ホントに楽しくなるのは、40代からですよ。それこそ心技体というバランスがとれてくる。優しくなって、希望に応えられるようになる。だから支持される。また自分としても満足のできる仕事ができるから、ラクチンになっちゃうわけ」
それで勉強しなくなる‥‥。
「そう。だからカッコ悪くなっちゃう。緊張感がなくなっちゃう。集中力もなくなる」
どうやってそこをクリアしたのか。
「ぼくはずっと突っ走ってきたから。人に見られる機会も多かったし。たとえば福岡に行きました。北海道に行きました。知らない人に会わなきゃいけない。なのに二日酔いじゃ行けないでしょう。寝不足でも行けないでしょう。相手はどんな人かなぁ。今日はどんな人が来てるんだろう。緊張するじゃないですか」
でも、おそらくそれも慣れてくる。
「闘いだと思う。美容師って、エネルギーを持ってないとダメだね。けっこうパワーがいりますよね」
そのパワーの源って、なんだろう。
「好きなことですよね。好きなことをやるということ」