of HAIR 古里オサム 顧客とスタッフの“セイカンタイ”・・・? 【GENERATION】雑誌リクエストQJ1992年11月号より
スタッフの“セイカンタイ”を見つける経営者
彼は現在、ふたつの店舗を経営する経営者。
そして自らも現場に立ち、雑誌の仕事をこなし、さらに積極的に全国を講演して回る多忙な技術者でもある。
「講演の仕事はね、一時減らしていたんですよ。アウトプットばかりでインプットがないとね、擦り減っていくばかりでしょ。それに気付いた時に減らした。ただね、今はまた増えていて、月に最低でも4本。多いときは6本以上も引き受ける。ぼく自身はサロンで作品つくってた方が楽しいんだけど、これはスタッフのためなんです。ぼくは講演に必ずスタッフを連れていく。どこへでも連れていく。それは教育の一環なんです。技術と経営の話をして、スタッフにも聴かせる。また同時にリクルート活動でもある。ぼくの話に興味を持った人が来てくれれば、それはラッキー(笑)。だって講演がきっかけだったのは、ぼく自身ですからね。とっても価値があることだと思うんです」
彼は一時遠ざかろうとしていた講演に、再び価値を見出していた。
「聴きにきてくれた人たちに喜んでもらえることが一番うれしいんです。喜んでもらえると、ぼくも生き生きしてくる(笑)。だから最近はギャラの話をしない(笑)。この仕事、ギャラじゃないんです。それはサロンの経営でも、スタッフの教育にも当てはまる。たとえばぼくはスタッフにファッションを教えます。雑誌の切り抜きや、ぼく自身が出かけて撮影してきたパリコレの写真などをスライドにして、練習会で見せる。今年の流行、来年の流行・・・。それらを、つくる側と着る側の心理を解説しながら見せて討論する。もちろん社会状況と併せて、ね。そうすると、スタッフもセンスが良くなってくるんです。昔はセンスといえば持って生まれたもののように言われていたけど、教育によって磨くことができるんです。感性も、環境によってよくなってくる。その環境づくりをするのが経営者だと思うんです」
技術教育にも特色はあるのだろうか。
「技術はね、順番で教えていく必要はないんです。徒弟制度の頃みたいにシャンプーから始めて、それができたら網カーラー巻いて、みたいな順番なんてない。全然ない。たとえばひとりのスタッフを7年間でトップスタイリストにしようと考えますよね。そしたらシャンプーと同時にカットも教えます。一緒にファッションの話もしますし、講演に連れていって経営の話を聞かせる。つまりいろんな分野から同時に教えていくわけです」
でもいろんなことを詰め込み過ぎると消化不良を起こしてしまうのでは?
特に若いスタッフは・・・。
それが心配だから美容室は、少しずつ段階を追うのではないだろうか。
「当然、消化不良を起こしますよね。でもね、一度でも食べるとその味がわかるでしょ。味がわかると、今度は先輩の仕事を見ていてその味の良さや欠点が見えてくる。一度も食べたことがないものを、後ろで見ていろって言ったって、わかるわけがない。いろんなことを早く体験させることで、自分の中に資料が蓄積されていくわけです。それがあるから判断ができる。自分がヘタなことも良くわかる(笑)」
「でも本人は楽しいわけです。で、新しいものをどんどん食べさせながら、その中から自分が食べたいものを発見させる。自主トレは自由ですから。何をやってもいい。ただ唯一、決まりがあるとすれば、自分が興味のあるところをやる。やってみて、わからなくなれば仕事を見る。先輩に聞く。そこからスタッフの個性が現れてくる。自分の好きな方向へと進んでいければ、仕事は楽しい。そのうちスタッフは、まず店の中でOnly Oneになる。そうなると強いですよね」
彼は若いスタッフを採用し、育てていく過程でそれらの大胆な手法を発見し、確立してきた。
「好きな方向に進むうちに、お客さまが喜んでくれる時がある。そのキーワードを忘れずに蓄積していけば、いろんなお客さまを喜ばせることができるようになる。つまりお客さまのセイカンタイをつかむことができる。それができれば、ぼくの考えるプロ。そこまで育てるために、ぼくはさまざまなイベントを考え、発表する。突然、ね(笑)。コンテストへの出場だったり、of HAIR杯という社内コンテストだったり・・・。そうやって短期集中で目先を変えてあげないと、若いスタッフはついてきてくれない」
そしてもちろん彼自身、お客だけでなくスタッフの“性感帯”をしっかりとつかみ、導いている。
それが『of HAIR』の最大の強みなのかも知れない。
今後10年間が勝負の時
さて、そのようにして育ててきた、現在26名のスタッフ。
彼らとともに果たして今後、彼はどのような美容室を目指すのだろう。
また彼自身はどのような美容師でありたいと、考えているのだろう。
「今、ぼくはやっと一人前になったところだと思います。で、これから10年、45歳までが本当の勝負」
「ある人は35で現場から離れるべきだ、というんですね。感性が鈍ってくる、と。でも、ぼくはそんなことはない。絶対にありえないと思ってる。この仕事は人間と人間の勝負ですから、若いからいいってことは成り立たない。重要なのはテクニックよりもハートなんです」
「若い感性は確かになくなってくるかも知れない。でも野球のDHのようにね、違ったポジションでの使い方ってのが必ずあるはずなんです。ウチにはすでに結婚して主婦になっても仕事をつづけて、5時にはキッチリと帰るコもいます。理容室から来たコもいれば、結婚式場から来たコもいる。いろんな経験を持った、いろんなタイプのスタッフがいて、それがお店の味をつくっていく。それがすごくいいんです。いろんな年代のスタッフが、いろんなポジションで輝いていること。それがぼくの理想なんです。」
「だからぼくの仕事はスタッフをいかに磨いて光らせるか。生き生きとさせるか。それが一番難しいけど、そんなスタッフに囲まれて仕事をしていれば、自分もますます光りつづけたいと思うでしょ。そうやってスタッフに押し上げられるようにして、いつまでも現役で、45になっても輝いていたい。それがぼくの理想なんです」
彼はつづけて語った。
「どの年齢になっても、素敵な人っていますよね。ぼくはね、これからはもっと大人の時代になっていくと思うんですよ。これまでは若い人をターゲットにした商売が多かったでしょ。つまり儲かればいいっていう商売。メーカーもマスコミもレコード会社も、みんなそうだった。でもこれからは大人の時代。だからこそ、いろんな人が輝ける。そうなると思いませんか?」
インタビューの最後に彼が発した言葉は、私の心の琴線を揺さぶった。
なぜなら私自身、このバブルの時代にさまざまな雑誌の編集者から「もっと短く、簡単に読める文章を」とか、「若い人たちはもう文章なんか読まないんですから」とか、さんざんに言われつづけてきたからだ。そしてその度に私は喧嘩を売って、ついには干されてきた。
私は言い続けてきたのだ。
「若者が文章を読まないのは、編集者が読ませることを諦めてしまったからだ」「長文を読ませる力量を持ったライターを使い捨てにするばかりで育てないからだ」と。
しかし、自分が書いた文章が活字になる度に私は冷汗をかくことになった。
そんな迷いを、振り切らせてくれる力が彼の言葉にはあった。
彼と私とは同じ世代である。
10年後、果たして大人の時代がやってくるのか。
それは彼にとっての、そして同時に私にとっての勝負、でもある。
ライター 岡 高志