of HAIR 古里オサム 顧客とスタッフの“セイカンタイ”・・・? 【GENERATION】雑誌リクエストQJ1992年11月号より

自由が丘のOnly Oneを目指す

 

 

確かに、自由が丘店は空も見えるし、緑も多い。

しかし最初に店を出すところとしては、競争相手が多すぎるような気もする。

 

「先輩たちからも言われました。自由が丘はもう飽和状態だぞ、ってね。でもね、ぼくは逆に美容室が多いから、ここに決めたんです。この仕事、飽和状態ってのはありえないと思ってますから・・・」

 

美容室の飽和状態はありえない・・・?

 

「ぼくらは技術屋ですからね。一対一で、いかにお客さまに喜んでいただくかが勝負ですから、飽和状態ってのはないんです。もちろん技術者の物理的限界ってのはありますよ。もうこれ以上できないという売上に達した時、それを飽和状態と呼ぶのはありうると思う。ただ、街に美容室がいくつあっても、それは飽和しないんです」

 

どうしてそう言いきれるのだろう。

技術者に物理的限界があるのと同様、店舗の数にも限界があるのではないか・・・。

 

「たとえば田舎でね、郊外であまり店がない場所に出すとしますね。するとお客さまはその店にいろんな要望を出してきますよね。そこにはサンダルはいたオバサンもくれば、学生も来る。そのそれぞれが、それぞれに合った技術を求めて要望を出す。つまりお客さまが強い立場にいるわけです」

「それを逆にね、自分たちでお客さまを選ぶことができるっていうのは、お店がいっぱいあるところの方がやりやすいんです。うちは自由が丘でNo.1とは言いません。言わないけれどOnly Oneにはなりたい。特徴のあるお店になりたいと思えば思うほど、競争相手が多い方がいいんです。Only Oneになりやすいんです。たくさんお店がある中で特徴を出せば、お客さまが他の店と比べてくれる。それは逆に言えば、こちらがお客さまを選ばせていただいている、ということでしょ」

 

なるほど、説得力がある。

 

「昔はね、理容室と美容室が住宅街に点々とあったでしょ。でもこれからは極端に言うと札幌のラーメン横丁であったりね、広島のお好み焼村みたいな、同じ業態のお店が集中してある方が、お客さまに選んでいただくことができる。そのくらいの気持ちがあった方が美容業界は発展するし、美容室は必ず共存していけるような気がするんです。そういう意味ではこの自由が丘、とってもいい街のような気がするんですよね。ま、これはぼくの勝手な考えですけど・・・」

「でもそうすれば美容をやる側がね、ウチは自然志向でいきたい、ウチは低料金で、高料金で、あるいはクリニックで売りたい、という特徴が出せる。それぞれに長所も短所もあるわけですから、お客さまは自分に合ったお店を自分のスタンスで選べる。そうなれば共存できると思うんです」

 

彼の真意は“競争的共存の思想”にあった。

それは産業を発展させるにあたって、おそらく最も効果的な思想であり、また現実的な考え方である。

ただ、それを正面きって主張し、また実行していくには相当な自信が必要となる。

技術に対する自信だけでなく、自らの思想や哲学に対する自信。

それが必要なのである。

代表者の思想や哲学が、それぞれの店の個性を決めていく。

ならば彼は、あるいは彼の美容室は、何を打ち出していくのか。

その疑問にも、彼はすでに明確な解答を用意していた。

 

 

プロの価値を表現するのはテクニックではない

 

『of HAIR』には、オリジナルシャンプーがある。

インタビューの開始を待つ間、私はテーブルの上に置かれたシャンプーと、その中身の解説が記されたパンフレットに目を奪われていた。

 

解説にはおよそ次のようなことが書いてあった。

 

  • 健康な美しい髪を保つためにはタンパク質を補給しなければならない。
  • 生活排水の問題に対処するため、天然成分を使用。微生物による生分解性を高めた。
  • 天然成分には自然独特の匂いがあるため、消臭のために天然香料を添加した。

 

大筋はこの3点である。

そのほか、シャンプーとトリートメントに含まれるさまざまな成分の効用を解説してある。

 

生分解性を高めるために人工発泡剤を使用していないこと。

天然植物から抽出された9種類のエッセンスが毛根・頭皮細胞の新陳代謝を活発にし、発毛を促進すること。

高級化粧品にしか使用されないヒアルロン酸をトリートメントに添加。保湿効果を高めていること。

天然油脂が紫外線を吸収してくれること・・・。

 

これらの解説はすべて、彼自身が書いた。

デザインも、写真もすべて彼の知り合いや友人が関わった、

いわば手作りパンフレットである。

しかしその出来映えは、へたな広告制作プロダクションよりもよほど良質のセンスに溢れている。

そして一貫して描かれているのは“天然素材へのこだわり”である。

 

「プロっていうのはテクニックじゃないと思うんです。技術はみな、当然持っているわけで、それに何かプラスアルファがあるべきだ、と。たとえばシャンプーをつくったとしますよね。でもぼくらはシャンプーを売ることが目的ではない。知識を得ること。それが目的なんです」

「東京の、今のサロンワークに求められているのは、優しさとかね、そういう精神的なものじゃないかと思うんです。街がとっても殺伐としてきているでしょ。ぼくも、自分の家のことを言うのは嫌いなんですけど、引っ越してきて数年たってもまだ隣の家の人のことを知らない。外国みたいに家に呼んで、ホームパーティーしたりする環境にはないですよね。また会社にしても、とっても殺伐としている。そうなったとき、サロンには何を求めてお客さまが来るのか。それは優しさだと思うんです」

「もちろん、それはヨシヨシ、イイコですねとか、キレイですよとかじゃなくて、もっと違う優しさだと思う。そう考えた時に見えてくるもの。それが接客の仕方であったり、音楽の在り方であったり、空間であったりする。また生のトマトジュースをお出しして自然についてのお話しをするとか・・・。それもさりげなく、ね。お客さまの様子を見て、二日酔いですか、風邪ですか、だったらおいしいトマトジュースを出してあげましょう、と。そういう気持ちでね、接してあげること。つまり個々のお客さまの精神的なセイカンタイ(性感帯)をね、つかんであげることだと思うんです」

「ヘアってね、フォルムをつくるだけじゃなくて、その人の精神状態を良くすることだと思う。ということは、その人の健康管理もしてあげなくちゃならない・・・。ま、でも、ぼくもそんなに大きいことは言えない。自分の健康管理をもできないから。いつも二日酔いだったりね(笑)」

 

彼はオリジナルシャンプーを約2年がかりで、1,000万単位の費用をかけて開発。

またパーマ液の研究もつづけて、髪に優しい技術を次々と採用した。

 

「いろんな優しさを、いたる所で、随所に表現してあげる。するとお客さまもスタッフも、ここはこういうお店なんだなとわかってくれる。一度わかってもらえれば、あとはやりやすいですよ。ただ、たとえばウチのパーマは時間かかります。一般の美容室とは薬液が違いますから。コストもかかる。また、経営的にいうと予約制をとってるからなかなか売上が伸びづらくなる。でもね、急がば回れじゃないですけど、そうやっていくことがお客さまを定着させていくことにつながる。だから焦らないことだと思う。焦らずにゆっくり。お客さまとスタッフと共にメンバーシップを醸成していく。それがOnly Oneへの戦略なんです」

 

>「リンスを自宅で使わない」という一言

 

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