SUNVALLEY 朝日光輝 美容師は資産なのに。【GENERATION】雑誌リクエストQJ2005年9月号より

 

受かっちまった、どうしよう

 

 

どんな美容師になりたいか。なんて考えたことはなかった。卒業したら美容室に勤める。それだけだった。いやそれさえも怪しくなっていた。ダンサーもいいなぁ。そんなことを考え始めている。でもまぁ、それじゃあメシは食えねぇなぁ。わかっていた。

それでもダンスが好きだった。没頭した。住居は早稲田。近くの銀行の前で、ガラスのエントランスに自らの姿を映しながらダンスの練習をした。すると大学のサークルのおにいさんたちが通りかかる。『早稲田ブレイカーズ』。けっこう有名。ダンスもうまかった。その人たちが教えてくれたりするのである。それがまた楽しくて。

 

就職活動なんて意識もしてなかった。卒業したら例のドレッド専門店『スラッグ』かな。そう思っていた。ところが先生がある日、言うのである。

「ヘア・ディメンションに行きなさい」

 

へあでぃめんしょん? なんだそれ。知らないとこなんか行きたくない。なのに先生は推薦状を書いてくれるという。

「やだよ先生、やめてよ」

「いいから行きなさい、ほら、推薦状」

「なんだよ、どこだよ、四谷かよ」

朝日はしぶしぶ歩いていく。『HAIR DIMENSION』の前に立つ。「ここかぁ」。

 

受かる気はなかった。だから履歴書には写真を貼らなかった。コメントもやる気のなさを強調した。服装は上下ジャージ。髪はドレッド。ドアを開けると、「どうも、朝日です」。頭は下げた。

 

落ちようと思っていた。落ちたら先生も諦めるだろう。

 

応対に出たのは店長だった。朝日のドレッドを見て、開口一番「ダンスしてんの?」である。「えぇ、まぁ一応」。気のない返事。そこからダンスの話をひとしきり。すると店長はこう言ったのである。「朝日くん、いいねぇ」。合格なのである。「はぁ? いいねぇって、よくわかんないんすけど」「とりあえずサロン、見てよ」。店長は朝日を連れて四谷店を回る。4フロアに4店舗。スタッフは全員男性。制服だった。

 

「なんだこの男くさい美容室、制服なんか着たくねぇよ」

受かりたくない気持ちは頂点に達している。なのに店長は採用すると言う。

「こまったなぁ」

 

翌日、先生に呼ばれた。

「朝日くん、よかったね」

「いや、よくないですよ。ぼくは行きたくないんですけど、断ってもらってもいいすか」

「だめよ、あなた行きなさい、せっかく受かったんだから、やってみなさい」

 

先生は、授業中寝てばかりいる朝日をずっと見守ってくれていた。なぜか可愛がってくれてさえいた。朝日の性格も、気持ちの事情も、すべて知ったうえで『HAIR DIMENSION』を勧めてくれたのだ。

 

まぁ、他にそんなに行きたい美容室があったわけでもないし。ダンスに夢中だったし。どこでもいっか、みたいな。新宿は好きだったし、四谷は近いし。まぁいいかな、行ってみてヤだったら辞めればいいんだ。これで就職活動も終わるし、あとは遊べるし。

 

まだ9月。その後の半年はもちろんダンス三昧となった。

 

 

ひざっ小僧をごしごしごし

 

同期は10人だった。ヨーイ、ドン。社会人生活がスタートする。その初日に、朝日は遅刻した。

「一応、申し訳ないなと思って、謝って。まぁスタートしました」

 

掃除と洗濯。それが仕事だった。

タオルをまとめて洗濯機に持っていく。スイッチを入れてフロアの掃除。洗濯が終わると乾燥機へ。戻ってフロアの掃除。乾燥が終わったら取り出して、温かいうちに畳む。その繰り返しである。

息抜きは買い出し。みんなの昼食を買いに出る。制服で街を歩くのはイヤだった。だけどそれも慣れてくる。そのうちに、周囲のお店の人たちが、制服で『HAIR DIMENSION』のお兄ちゃんだとわかってくれていることに気づく。声をかけてくれる。それがここちよく思えたりする。タバコも吸える。ちょっと休んだりもできる。

 

朝日は辞めなかった。意外と楽しかった。だが夏になると、同期がシャンプーチェックに受かり始めた。8月には何人もお客さんのシャンプーを始めた。

しかし朝日は受からなかった。お客さんに入れない。相変わらず洗濯をする。掃除をする。買い出しに行く。

 

練習をさぼっていたわけではない。同じように練習していた。ところが彼には蓄積がなかった。専門学校時代、相モデルに入れなくて実戦練習はしていない。さらに彼にはハンディキャップがあった。左右の手のバランスが悪いのだ。パワーバランス。彼の左手は極端に筋力が弱かった。

 

子どものころから器用だねと言われてきた。絵を描けばコンクールで入賞し、版画をつくっても入賞した。「なにをやっても朝日はうまいよね」。そう言われて育ってきた。自信があった。できるタイプだと思っていた。天才タイプ。というより、天才だと思われたいタイプ。だから勉強もしなかった。しなくてもできると思っていた。しなくてできるのがカッコイイと。

 

だけどやっぱりしなきゃダメだった。特に技術を身に付ける過程は、練習しかなかった。積み重ねしかなかった。できない自分がくやしかった。同期に勝てない自分が、くやしかった。だから、練習を始めた。サロンではもちろん、家に帰っても練習した。自分の髪を洗うときはもちろん、ウイッグも使った。ひまさえあれば自分のひざ小僧を頭に見立ててごしごしやった。大切なのは左右のバランス。力のバランス。

「結局、回数なんですよね。やっぱりいっぱい練習した人がうまくなる」

 

わかっていた。だから練習した。同期のなかで取り残されると、周囲が気を遣ってくれた。営業時間中でも練習させてくれるのである。しかも社長の飯塚保佑が、自ら練習台になってくれるのである。

 

合格するには、トップスタイリスト6人に連続してオッケーをもらわなくてはならなかった。ひとりでもダメ出しをすれば、不合格。最初からやり直し。

チェック項目は細分化されていた。「泡が飛んだ。」「手が冷たい」「バランスが悪い」「髪が引っ張られた」「声が出てない」

 

『HAIR DIMENSION』はまず何よりもシャンプーを大切にする美容室だった。やる気のなかった朝日光輝は、しかしシャンプーを通じて少しずつ変わり始めた。

 

>こんなとこで、くすぶってられない

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