【独立セオリー】有名店出身の塩見友良と阿藤俊也。新天地・清澄白河で仕掛ける「Ciala」。あえて青原エリアを外した二人の思惑とは?

 

 

(写真左から阿藤俊也さん、塩見友良さん)

 

カリスマブームの火付け役のサロンで力をつけた塩見友良(シオミトモヨシ)さんと、日本を代表する老舗実力派サロンでバリバリ活躍していた阿藤俊也(アトウトシヤ)さんが、清澄白河に「Ciala」(シアラ)を立ち上げました。なぜ違うサロンで働いていた二人が一緒に独立するのか、またなぜ縁もゆかりもない清澄白河に出店したのか聞きました。「美容激戦区以外へ出店するためのヒント」が詰まったインタビューです!

 


 

違うサロンで働いていた二人がコロナ禍で意気投合!

 

編集部:Cialaは塩見さんと阿藤さんが共同代表をされています。そもそもお二人の関係は?

 

塩見:僕たち二人とも専門学校が同じなんですよ。「東京ヘアビューティ専門学校」という今は無い学校だったんですけれど。

 

阿藤:当時はまだカリスマ美容師ブームの名残があったので、有名美容師になるというモチベーションがありました。僕は卒業後に老舗の有名サロンに入り、独立するまで働いていました。

 

塩見:僕はカリスマブームの火付け役だったサロンに中途入社したんです。そこで経験を積んだ後、先輩が立ち上げたサロンで、店長などの仕事をして、今に至ります。

 

 

編集部:「いつか独立しよう!」って話はしていたんですか?

 

塩見:いやそんなことはなくて。

 

阿藤:でもまあ、専門学校時代から二人とも意識は高かったよね。

 

編集部:独立しようと思ったきっかけってなんだったんですか?

 

阿藤:声をかけたのは僕のほうですね。電話して「一緒にやろう」って。

 

塩見:僕は前のサロンでサロンワークと店長、ヘアメイクの仕事もやっていたんですが、コロナでイベントが中止になって仕事が激減していたのを機に考えることがあって。元々経営には興味があったので、自分のサロンを作りあげるビジネスに発展させたいと考えていたら、阿藤と話をすることになって「じゃあちょっとやってみようか」と。

 

 

阿藤:僕もコロナ禍で結構、紆余曲折あったんですよ。コロナの影響でお客さまの数が激減したんです。それまで僕のお客さまは30代から40代くらいの方が多かったんですが、髪を切るためにわざわざ都心に出てくる人が減ったんですよね。

 

「これはまずい!」ということで、流行っているスタイルをInstagramで打ち出し、コツコツと更新していたら、フォロワーが増えたんです。ただ、流行っているものを追いかけ続けるのもなんか違うなと思っていたんです。

 

 

>「コイツと一緒ならきっと上手くやれる!」そう思えた根拠

 

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