びよう道 vol.20 gem森川丈二さん 〜取り掛かる前に完成予想図を描け。あらゆる観点から完璧を追求しろ。ただし、足跡を残してはならない。〜
「これで完璧」と決めてしまったら、その先の成長はない
サロンワークでもお客さまが満足して帰られたらそれでいいわけでも決してなくて、お客さまがお家に帰って、大切な人から「なんかいいね」と言われることが大事です。「周りからの評判はよかったけれどお手入れが難しかった」と言われたらそこは改善すべきだと思います。ヘアスタイルさえよければいいというわけでもありません。カットのスピードや切り方、サロンの空気感、お客さまの目に映る立ち居振る舞い。挙げればキリがありません。
例えば、セミナーなどでメイクをするとき。モデルさんに目を閉じてもらっているとき、モデルさんからしたらいつ自分の顔を触れるかドキドキしていると思います。なのに、何も考えず急に顔に触れると「ビクッ!」と驚かれて多くの方は瞬きされます。そんなときは、まず頭に軽く触れてから、指を目元に近づけています。そうすれば、モデルさんも心の準備ができるので瞬きしないんですよ。何を言いたいかというと、完成予想図に近づけるためには、モデルさんと信頼関係を築き、リラックスしてもらうことも表現に大きく影響するんです。
そうして仕上がったヘアメイクはほぼ完成イメージ通りにできることもありますが、それを完璧にしてしまったら次がないので、改善には終わりがないですね。
「上手いのはわかるが、それを消してくれ」僕の意識を大きく変えた一言
資生堂・花椿をはじめ数多くのグラフィックデザインを手掛けてこられた、仲條正義さんの言葉にも大きな影響を受けています。「お前が上手いのはわかる。けど、足跡を消してくれ」って言われたことがあるんですよ。最初は決して自分でも上手いと思っていないのに何故そんなことを言われたのかわかりませんでした。コームやブラシがこう動いたとか、どんなスタイリング剤を使ったとか、どういう意図でヘアスタイルをつくったとか、そういうプロセスが見えるものには興ざめすることにしばらくして気づいたんです。自分の技術をひけらかすようなヘアスタイルになってはダメなんだと。それからは自分の足跡を消すことを意識するようになりました。技術的な足跡を消すということが僕らしい表現なんだと。
寝癖風のリアルな無造作なヘアをつくるときも、気がつけばきれいに整えてしまう癖があります。でも、それでは本当に寝起きのような雰囲気は出せないんです。だから、最後の部分で、あえて利き手の反対である左手を使って、自分の仕事の形跡を消すこともあります。
こういった考えに至った一つの出来事があります。これはある海外ロケで経験した話です。海をバックに立つモデルさんの手直しをするとき、まっすぐにモデルさんのところに近づくと、砂浜に僕の足跡が残ってしまいます。だから、写真に映らないようにかなり遠回りをして海に入り、モデルさんの後ろ側から手直しをしました。僕が立っていた場所に足跡が一瞬残るけれど、打ち寄せる波が僕の足跡を消してくれるからです。今は修正・合成が当たり前のようになり簡単にできます。だからそんな大切なことに気づきにくいんです。
>「キレイに切ったね」より「なんかいいじゃん」という言葉が嬉しい