CHARLES DESSIN 黒木 利光さんのびよう道 〜「撒かない種は咲かない」 技術と人間性を磨き続けた先に花咲く未来がある〜
「今日はどうしますか?」から始まる仕事がつまらなかった
24歳から一気に売上も伸びていたんですけれど、28歳くらいで止まったんですよ。そのころ、仕事が面白くなくなっていたんですよね。「今日はどうされますか?」とお客さまの要望通りに切る。もしくは、写真の切り抜きを見せてもらい、その通りに切る。仕事中にふと「この仕事、僕じゃなくてもいいよね」と思ったりして。それがお客さまにも伝わっていたんだと思います。
一方で、僕はヘアコンテストが好きでずっと出続けていました。コンテストに出れば、自分の立ち位置を知ることができます。上位に入れなかったら悔しいし、「自分に何が足りないんだ?」と試行錯誤したことも自分の力になりました。コンテストがきっかけで、昨年亡くなられてしまいましたが、Side Burnの太市(たいち)さんと仲良くなったことも僕の人生のターニングポイントです。
あるとき太市さんに「どうやってお客さまに似合うヘアスタイルを提案するんですか?」と尋ねると、「うちのお客さんには喋らせないよ。何をしている人で、どういうことを求めているのか。どんな仕事に就いている人なのか見たらすぐわかる」とおっしゃったんです。それはすごいなと。
「どうやったらそうなれますか?」と聞いたら「ありとあらゆる本を全て読んだ。休日は街に人を見に行った」と教えてくれました。僕はそれをそのまま実践したんです。そうしたら、本当にお客さまのことがよく見えるようになりました。
「今日はどんな髪型にしますか?」から、「どんな人生を歩んでいきたいですか?」と問いが変わり、髪を切る仕事から人生をつくる仕事へと変わったんです。
「撒かない種は咲かない」圧倒的に技術を磨いて機会をつかむ
「好事魔多し」じゃないですけど、いい感じに美容室が成長しているときに上の階が火事になり、移転に追い込まれたこともありました。移転先を大阪の北堀江に決めて、大きな借り入れもして、こだわり抜いた内装の店舗をつくったタイミングで、スタッフ2人が結婚して独立することになり、たった一人で営業していた時期もありました。さすがに僕一人では返済が重すぎて、毎月100万円の赤字が出て死にかけたこともあります。
そんなギリギリの状態で仕事をしていたころ、テレビ番組でトリートメント専門店が話題になっていたんです。内容を見たら断然僕のほうが艶髪をつくることが上手かった。どうしたらブリーチしても髪がキレイなままにできるか研究していたからナレッジが蓄積されていたんですよね。試しに施術した写真をInstagramにポンと上げたら、めちゃくちゃバズって全国からお客さまがくるようになったんですよ。
多分、今の僕のイメージはストレートパーマの人だと思うんですけれど、美容の技術はなんでもできます。「撒かない種は咲かない」と言いますけれど、これは本当にその通りだと思う。知識やスキルを圧倒的に磨いて、納得するレベルまで持ち上げていたから、チャンスをつかむことができたんです。
最近は特化型美容師と呼ばれる人が増えていますけれど、僕は田舎のローカルサロンから出発しているんで、何でもできないといけなかったんですよ。昔は「今日はどうしますか?」から始まる仕事をつまらなく感じたこともありましたけど、あの時代があったから今がある。お客さまに言われたことに応える努力をしておいてよかったなと。お客さまを満足させるために幅広い技術を極めていたからチャンスをものにできたんですよ。
>「日本の美容師はすごい」と思っているのは日本人だけかもしれない