HYSTERIA近藤繁一さんのびよう道 〜ロンドンで破壊の文化、パリで構築の文化に触れた。寄り道をしたからこそ見られる景色、生み出せるデザインがある。〜
帰国後くすぶる期間を経て、自分にしかつくれない世界観で突き抜けた
海外でさまざまなヘアアーティストを見て、自分はクリエイティブの畑で生きていくことは難しいかもなと思い、サロンベースで生きる方向に舵を切りました。あの人たちって半端じゃないんですよ。たとえば、あるヘアアーティストは、モデルの気だるい表情を撮るために、シャンプー台の上で頭と足を逆向きにして横にさせていたんですよ。そうすると、低いところに頭があるから、頭に血がのぼるじゃないですか。しばらくして「OK」って言ってモデルさんを立たせるんです。頭に血がのぼっていた状態からいきなり立ち上がったらふらふらになる。クリエイターはそのクラッとした瞬間をバシバシ撮っていました。衝撃的だったし、自分はそこまでできないと思ったんですよね。
ロンドンとパリの美容を学び、日本に戻ってきたわけですがしばらくはくすぶっている時期がありました。でも、1回ついたお客さまは離れなかった。それはどうしてか。自分にしか表現できない世界観で勝負すると決めて、それが自分だけの味になったからです。
具体的に何をしたかというと、前下がりのボブを切っていたんです。最近だと近いのは楽天モバイルのCMの米倉涼子さんみたいなボブですね。僕が始めたのは今から40年くらい前だから、あのボブを切れる人は少なかった。だから珍しかったんでしょうね。お客さまがどんどん増えて、あるとき雑誌社の方も取材にきたんです。『家庭画報』とかね。自分から売り込みにいかなくても撮影依頼も増えてきて、そこから美容人生のブーストがかかりました。
お客さまとコミュニケーションしながら唯一無二のデザインを施す
日本ではまだやっている人が少ないデザインのボブをつくりましたけれど、決して奇をてらっていたわけではないんです。さじ加減が違うだけ。そのお客さまにあわせて、ポイントの上げ下げやフリンジバングの厚みなどを工夫して、ムードを出していく。あとはやっぱり、自分がカットしたお客さんに自信を持たせられたことがよかったと思います。街を歩くときに「どう?私を見て」みたいな気分にさせたいと思っていましたから。
ロンドンにいた時代、反省する時間がたくさんあったことも良かったですね。正直、たくさん失敗したんですよ。その都度、何が悪かったのか反省して、改善点を明確にして行ったんですよね。それが積み重なって、どんな骨格の人に、どんなカットで、どんなバランスでデザインすれば似合わせられるかというデータベースができたんです。骨格も髪質も100人いれば100通りあります。目鼻立ちも違いますよね。それでもその人を輝かせるヘアデザインを導き出す方程式を自分の中で構築してきました。
そうして、お客さまとコミュニケーションしながら、唯一無二のヘアデザインをしていく。僕は完成したヘアスタイルに名前をつけるんですよ。「あなたは今日から恐竜」「バナナちゃん」とか。そういうキーワードをぽんと投げてあげると、そのヘアスタイルが特別なものになりますよね。量産型のヘアスタイルでは、そんなことできないじゃないですか。売れているヘアスタイルをつくるんじゃなくて、その人に似合って、誰ともかぶらないものを出していく。この考えに至ったことが、僕にとって大きかったと思います。
若者たちよ、遠回りすることを恐れるな!楽しめ!
似合わせって本当に奥が深くて、髪や骨格だけじゃなくて、ファッションもそうだし、その人の立ち居振る舞いとか、気分とか、体調とか、さまざまなものが含まれます。年齢や生活環境の変化によっても、似合わせの答えは異なります。それら全部を加味しながらデザインを起こしていく。そうなるとやっぱり技術や知識の引き出しが多いほうがいいですよね。だから寄り道していろんなものを見たほうがいい。それでも足りないから、一生勉強し続けるしかないですよね。
でもね、これは決して苦しいことじゃないんだ。僕は遊んでいる感覚なんです。遊びの中から似合わせの技術を吸収してきたし、全て自分の興味のなかにあったこと。遊びや興味が、気がつくと仕事に結びついたという感覚なんですよ。
だから今の子たちは、ゴールに向かって最短で進もうとしているのを感じるけれど、たまには寄り道してもいいんじゃない?って伝えたいかな。あなたが遠回りしてでも知りたいこと、体験したいことに、無駄なことなんてありませんから。
- プロフィール
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HYSTERIA
代表/近藤繁一(こんどう しげかず)
1959年生まれ。1994年、東京・原宿にHYSTERIAをオープン。「たった1人のための、たった1つのデザイン」をコンセプトに、現在原宿、青山に2店舗を展開。精密なカットテクニックと豊富なケミカル知識に定評があり、サロンワークの他、セミナー、ヘアショー、雑誌撮影などでも活躍。
(文/外山 武史 撮影/菊池麻美)
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